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FOUJITAのchi6cuのレビュー・感想・評価

FOUJITA(2015年製作の映画)
3.0
「FOUJITA フジタ」鑑賞。

難しい作品だと思う。人に勧めにくい。
良い悪いや好き嫌いではなく、得意不得意の出る映画。
タルコフスキーやソクーロフのようなソ連映画を彷彿とさせる詩的な描写のみで描かれており、伝記というジャンルとして鑑賞するには難しい。
そもそも彼らの作品を愛する私には非常に興味深く、全てが美しく、心に傷を残すような作品で個人的には好きなタイプだった。

鑑賞前に、藤田嗣治の生涯を知っておく必要がある。
彼の一生のうち、最も輝いていた時代と最も絶望していた時代の2つの時代が描かれている。
輝かしきはエコール・ド・パリの寵児として売れっ子画家となり、不自由なく芸術を謳歌していた時代。
悲しきは第二次世界大戦中、日本に戻り従軍画家として戦争絵画の制作を行っていた時代である。
それぞれの時代に対しての説明は一切挿入されず、人間関係も出来事も思想も時代も、まるで私たちもその時代を生き、知っているのを想定しているかのように流れていく。
彼の言葉のみが鮮明に響き、劇中は非常に静かで、鑑賞中の咳払いさえも緊張するほどだった。
その静寂の中での生活の一端に私たちはぽっとおかれて、彼の世界に迷い込みながら一緒に時代を生きる疑似体験ができる。
抒情的な映画でしか、この空気感は出せない。

藤田の生涯を知る美術ファンしては彼のターニングポイントにおいての重要人物が多く登場するため心躍るようなシーンがいくつもある。また、時代とともに変わらざるをえなかった彼の作風も、世界の空気とともに感じることが出来、すんなりと理解しやすい。
劇中の藤田は手記での印象とはずいぶん違い、強い言葉は発せず、淡々と、真実を隠すようなあいまいで優しい言葉のみを口にする。芸術家特有の嘘つきな言葉選びが心地いい。

藤田の生涯において私が最も疑問に感じていた事は、なぜ終戦直後の日本画壇において藤田ばかりが糾弾されたのかということであった。国の指示で絵を描いた事により戦犯の様に扱われ結果として日本にいることが出来なくなった藤田は日本の画壇に絶望した。なぜ、藤田ばかりがこんな目に。
この映画においてその答えは示されていない。
しかし、彼は生前おそらく日本で一番画家として大成した人物である。生きるために描くのではなく、描いて生きるために従軍画家となった彼。
国の戦意を鼓舞するために、必死で悲しい絵を描き続けた彼は、おそらく、それでも人の世には理解されがたいほどに芸術世界の人で、彼の希望も絶望も、この国では生かすことが出来なかったのだろう。
人間は、理解できないほどの才能には牙をむく。

難しい映画、とても詩的で難解な映画。
しかしこの映画の訴えるものは命である。そして芸術。
ラストシーンは胸をつかまれるような痛みがあり、息苦しくて前のめりになった。
そしてエンドロールにて、彼の最後の大作、ランスの礼拝堂の映像が贅沢に挿入される。
救いである。
ああ、美術とは、絶望からの救済であるとこの映画を観て実感した。