ボヤージュ・オブ・タイムの作品情報・感想・評価

ボヤージュ・オブ・タイム2016年製作の映画)

Voyage of Time

上映日:2017年03月10日

製作国:

上映時間:90分

3.2

あらすじ

『天国の日々』、『シン・レッド・ライン』、『ツリー・オブ・ライフ』など発表する作品は常に高い評価を受け世間を賑わしてきた<映画界の偉才>テレンス・マリック監督が、40年のライフワークを集大成して世に送り出す渾身作。製作にはブラッド・ピットが名乗りを上げ、語りはアカデミー賞女優ケイト・ブランシェットが務める。かつてない映像世界に飛び込み、本能で<生命>を体感する90分。

「ボヤージュ・オブ・タイム」に投稿された感想・評価

ねっ

ねっの感想・評価

3.6
圧倒的な映像美
ほとんど呟くようなナレーション

ただここに「ある」
まるで[禅]のような映画。
(所属宗教によっては違う解釈になるんだろうな…)

普段 仕事や人間関係で忙しくしている事
ひととき自分のフレームから外れるような
そんな時間を過ごせました。

たまにはこんな映画も良いですね!!
テレンスマリックはこういうのを専門で作っていく人になったらいいんだ
s0pia

s0piaの感想・評価

5.0
プロットのあるドキュメンタリーというか、この作品を観るまでモヤモヤしていた認識が映像になった。
起源生命の歴史こそ私たち人間の歴史。

超ハイスピードで見れば、私たちが物質だと認識しているものこそ生きていて、私たち副次品はお手伝いだと思わされる。
または一つ下の次元、写真のようなものに閉じ込められた存在。

当たり前だけどレビューするほど消化できてない、とりあえずの感想。
5点っていうか100点だよって思ったけどね一週間前に観た時は。
Ponki

Ponkiの感想・評価

4.0
疲れ切っていかなるストーリーも追えない時に垂れ流すのオススメ。単なる音と光で構成されたバイタル・スープ。
10

10の感想・評価

5.0
美しい
ひろ

ひろの感想・評価

-
テレンスマリックの映画はほんと難しい

ツリーオブタイムで衝撃受けて二作目
聖杯たちの〜も見たいので まずネトフリにあったこちらから

有名な俳優たちがこぞって出演したがる 芸術監督

自然の映像は怖さと美しさを同時に感じさせる素晴らしさと衝撃
映画というか ドキュメンタリーかイメージ映像かな

映画とは
CHEBUNBUN

CHEBUNBUNの感想・評価

2.0
【Netflixで世界の果てまで行って...】
夏休みだ!バカンスに入ったブンブン、初日は実家に帰りました。特にやることもないので、Netflixを開いてみたら、テレンス・マリックのスピリチュアルなドキュメンタリー『ボヤージュ・オブ・タイム』が入荷しているではありませんか!日本では、公開環境が非常に悪く、中谷美紀の日本語吹き替え版しか上映されず、それもTOHOシネマズ シャンテレベルでしか公開されなかった。本作は、音響と、スクリーンがものを言う作品だけに、公開当時、苦言を呈す映画ファンが多かった。また、本作は40分のIMAX版も存在したのだが、これすら上映されない悲惨な状況であった。ブンブンも、当時あまりに公開環境が悪く、スルーしてしまったのだが、何かの縁、父親と一緒に観てみました。

ブンブン、人間がコントロールできない自然の営みを観るのが好きなので、定期的にこの手の映画を欲する。そして、本作は、そんなブンブンの心を癒す。まさしく観るアーユルヴェーダであり、抑圧され暑苦しい現代社会から解放してくれる。多分、マルチや宗教勧誘でこの映画をアロマ香る空間で流したら、コロッと人を洗脳できてしまうのではと思う中毒性はある。『地獄の逃避行』の頃から一貫して拘ってきた《光》、そして『シン・レッド・ライン』、『ニュー・ワールド』、『ツリー・オブ・ライフ』、『トゥ・ザ・ワンダー』としつこく描いてきた文明と自然の対比が、ついにドキュメンタリーという形で雑音抜きに抜き出されているのだからテレンス・マリックのスピリチュアルな世界に嵌った人は、惹き込まれること間違いなしだ。

しかしながら、この作品で描かれていること、そして現代文明パートでの演出がどうも二番煎じが強すぎる。町で物乞いをする人々、障がい者、中東かインドかの喧騒とした人と人の交わりから現代文明を批判し、「人々は、もともと動物出会った。野生だった。」という理論を打ち出していくスタイルは、『コヤニスカッツィ』と同じだ。しかし、映像が綺麗、音が凄いという想定内の驚きを超えるものは何もない。カッツィ三部作で描かれていた、文明と自然に対する批評の切り口の域から1mmも出ていないため、古臭さを感じてしまった。また、現代パートの色彩は明らかに2000年代以降のゴダールだ。ゴダールの演出は、あまりに斬新かつ無闇に真似すると、自己満足の臭いがキツくなってしまう。ゴダールの《映画という枠組みを壊してやる》という気概、批評の強調ポイントとしての演出というものを100%理解した上で使い、120%以上のクオリティを出さないと、途端に安易なオマージュになってしまうのだ。本作でのゴダールっぽい色彩で、現代文明の歪さを強調する手法は、かなり安易な演出だったと思った。そもそも、映像美にあれだけ拘っているテレンス・マリックが、《汚》なる映像から美を作り出すのは無理がある気がした。

それにしても...本作の興行収入が微妙だったのか、新作『ソング・トゥ・ソング』が全く公開される気がしない。いつも通りエマニュエル・ルベツキの浮遊感溢れる映像の中で、ライアン・ゴズリングが彷徨う映画なのだが...劇場で観たいぞ!
馬鹿なのでよくわからなかった。
ここまでくるとちょっとやりすぎなんじゃないかなって思った。
イカとかタコとかクジラの目がやたら怖かった。
この映画を鑑賞するために、大きなスクリーンで視界を満たそうが、暗い部屋で小さな液晶を睨みつけようが、眠気に襲われることには変わりない

壮大かつ深遠なるこの星の爆誕からの歴史と、その陸上に身を寄せ合って生きる人間の生活が交互に流れるが、いまいちこの90分間の主題が判然としない

ただ「印象に残ったシーンはあるか」と聞かれたら、「全部残った」と答えるか「全部残らなかったわけではない」と答えるだろう

そして「この映画が気に入ったか」と聞かれたら、「気に入った」と答えるか「気に入らなかったわけではない」と答えるだろう
ひたすら美しい映像を畳み掛けてくる。
対象を下から仰ぎ見るカットを多用しているが、まさに自然こそが神(母)そのものだということが伝わって来た。
一方で、人間社会を映したカットは画質も悪く、美しく無い。人が「神のため」として執り行う宗教の様子が、先の荘厳な自然の映像の前では罪深きものに思えてしまう。
人は自然という神に包まれて生きているということを忘れていないか? この映画からそんな問いかけを感じた。
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