次男

神様なんかくそくらえの次男のレビュー・感想・評価

神様なんかくそくらえ(2014年製作の映画)
4.3
・ニューヨークの片隅でホームレスをする彼女。ホームレス仲間と連み、万引きと物乞いでかき集めた金は、その日のヘロイン代に消える。クソの役にも立たない会話を繰り返し、華やかな過去も明るい未来もなく、ヘロインで生きると死ぬの間をうろうろしてる彼女たちの人生に、なんの意味があるんだろうか。

・彼女はボーイフレンドを愛してる。ボーイフレンドは「愛してるなら死ね」と言い、彼女は手首を切る。路上で出会い、路上で過ごし、付いて離れてを繰り返し、共にヘロイン中毒で、幸せなビジョンも、それを獲得するための一切もないふたり。なんの生産性もない、つがいのドブネズミの恋に、なんの意味があるんだろうか。

・なんとなく年を取り、なんだかんだ生活をし、退がる理由も進む決意も持てずに日々をやり過ごす僕。彼女たちと比べれば、後ろ暗いことはないつもりだし恥ずかしくない自己紹介だってできそうだけど、だからなんだというのだ、映画には到底ならない、数多いる群像の構成員のひとり。実に無害な歯車僕のこの生に、なんの意味があるんだろうか。

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なんだかすごく良い映画だった。
これからもこの映画はじっとりと頭にへばりついてるんだろうなあ。良い映画だった。


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ネタバレ
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上の自問は反語のつもりではなく、だから「いや、意味などない」とは続かない。

観ている間、頭をめぐり続けていたのは、「Heaven knows what」というタイトル。ハーリー自身の実体験を基にして、なんて知って、尚更思ってしまった。「なんの意味があるの?」って、きっと彼女も問い続けてるんじゃないか。物乞いをしているとき、ヘロインを渇望してるとき、仲間と笑ってるとき、愛し合ってるとき、「私の人生になんの意味があるの?」って、虚しくなりながら、無価値であると誰よりも思ってるんじゃないか。こんなふうに映像にして、それを無関係な僕らが、この映画や彼女のことや彼女のボーイフレンドのことを観て、どんなふうに思うか、クソほどわかってて、「こういう奴ら生きててなんの意味があんのかね」とかそんなこと散々吐かれてて、うっせこっちが聞きてーよっつって。「イリヤの命になんの意味があったのか」「イリヤが死んだことになんの意味があったのか」「イリヤと私のこの愛とかになんの意味があったのか」。

もうほんと、全くもって妄想でしかないけど、そんな思いの先に、「意味なんて無い」って意味の「Heaven knows what」じゃなくて、「私は知らないけど、神様は知ってる」って思いたい、のかなと思った。「私は知らないけど、意味はある」。知らんけど。そんな意図なのかとか知らんけど、そんなふうに思った。


「こんな私の人生や、あんな風に無残に死んでいった彼の人生に、意味なんてあったんだろうか。彼の人生はなんだったんだろうか。私は知らない。意味なんてあるのかないのか、あるとしたらなんなのか、神様だけ知ってる」

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長玉手ブレでドキュメンタリックな画は決して観やすくはないし、内包するドラマも親切な感情のガイドもなく垂れ流し。それは一見、映画として自己満足的で不親切な表現のように思えるけど、むしろ逆に、自己の思いを極端に排除してフラットに「これ」を伝える撮り方だなと思った。

そんな全体の中で、特異な二箇所があった。携帯を放り投げて花火があがるシーンと、イリヤの最期。
前者には、他に込めなかった、ありったけの主観を込めたような。想いと、思い出と。後者には、見る事のできなかった最期をおもいっきりフィクションにしたような。

ドライに記録しようと整理する記憶の中、未だ整理しきらない彼女の感情みたいなそれは、すごくドラマティックに見えて、すこし悲しくなった。

すごく良い映画だった。