みじんコ

ブリッジ・オブ・スパイのみじんコのレビュー・感想・評価

ブリッジ・オブ・スパイ(2015年製作の映画)
4.0
【たとえ『橋』にはなれなかったとしても】

この作品を見てある人物の発言を思い出した。
オウム真理教事件や光市母子殺害事件の弁護を行った事で「善良な一般市民」及びメディアからの大バッシングを受けた弁護士、安田好弘さんのことだ。

この映画の主人公である弁護士ドノヴァンは

『人種が異なる我々が同じアメリカ人である事ができるのは『憲法』があるからであり、その『憲法』で保証された『権利』や『義務』が守られている限り、我々は『アメリカ国民』である事ができる、しかしそれができない国ならば我々はアメリカという国に対して誇りを持つ事ができなくなる。』

彼はそういった意味の事を言っていたのだが、それを『日本国憲法』に置き換えると 何故、安田好弘さんがオウムや少年Aのような重大事件の容疑者の弁護をするのか、問われた時に答えた理由と同じであったからだ。

我々が国家に属し、誇りある人民でいられるのは『憲法』に保証されている『自由』『平等』の権利を奪われないからだ。 例えそれが敵国のスパイであったとしても、残虐な殺人犯人であったとしても…。

感情に任せて容疑者から『平等』『権利』を奪ってしまったら その時、我々は国民としての誇りを失う『私刑』を認めてしまう事になる、 そうこの映画は教えてくれている。


この映画のタイトル『ブリッジ・オブ・スパイ』はスパイの交換を行った東ドイツと西ドイツの間にかけられたグリーニッケ橋の事を表すのと同時に、敵国のスパイと自国のスパイの間を取り持ったノヴァンの存在こそが『かけ橋』であったことを語っている。

排外主義が増々激しくなってゆくこの日本にあって、自分自身が『かけ橋』になる事はできなかったとしても『かけ橋』になろうと矢面に立っている人を『非国民』と感情にまかせて批判するような人間にだけはなるまいと、この映画を観て強く思いました。