らいち

ブリッジ・オブ・スパイのらいちのレビュー・感想・評価

ブリッジ・オブ・スパイ(2015年製作の映画)
4.0
2016年一発目の映画「ブリッジ・オブ・スパイ」を観る。
別の世界を歩んできた2人の男の信念が交わり、奇妙な友情が育まれる。静かな感動が胸に迫る佳作。スピルバーグが描く人間ドラマはやっぱり好きだ。

米ソ冷戦の真っ只中、米国で捕えられたソ連スパイの弁護をすることになったアメリカ人弁護士の活躍を描く。実話の映画化。

物語の始点はスパイの男からだ。音楽も流れず、セリフもなく、ホコリを被った部屋で1人佇む男の一挙手一投足をカメラが淡々と追い続ける。男の名は「アベル」。彼がスパイであることはすぐに察しがつく。が、それは彼の行動からではなく、彼を追いかけまわずFBIたちの動きによってだ。アベルは一見、どこにでもいそうな孤独な老人。アメリカに取り残されたまま、長年、母国ソ連のために身を捧げ、水面下で諜報活動を続けてきたと想像する。その造形は「裏切りのサーカス」などのジョン・ル・カレが描くスパイそのものだ。そして、アベルはアメリカに捕えられる。

舞台は変わる。トム・ハンクス演じるアメリカ人弁護士「ドノバン」が、アベルを裁く裁判で彼の弁護を命じられる。ドノバンは保険専門の弁護士で、縁もゆかりもない裁判だ。彼がかつて刑事事件を扱っていたことや、弁護士として優秀であったことがその理由とされるが、スパイを弁護する裁判は「たてまえ」であり、誰が弁護しても良かったという話。米ソ冷戦の時代にあって「アメリカは司法を重んじる民主主義国家なのだ!」と声高に世界に発信することが裁判の目的だ。とりあえず弁護士をつけて、とりあえず裁判をやって、いずれにせよ死刑にする。そんなシナリオをアメリカは描いていた。

ところが、その目論見が外れる。

多くの移民たちのルーツで形成されるアメリカという国。人種は違えど、それぞれが「アメリカ人」として人権を保証されている。人権は憲法の元にあり、その憲法に忠実であることがドノバンの信念だった。それは敵国のスパイであっても同じこと。アメリカ憲法を信じ、アベルの弁護に尽力することが彼のやり方だ。但し、ソ連に対する脅威が一般市民にまで浸透していた時代。世間から反発を受けるのは必至。ドノバンの家族は母国アメリカにいながらにして「非国民」と言われ危険に晒される。それでもドノバンは自身のスタイルを変えない。そんなドノバンをプロに徹した仕事人間と、クールな描き方で終わらせていないのが良い。スピルバーグらしさともいえるヒューマニズムが本作の要だ。アベルの穏やかな人格、捕えられても国を裏切ろうとしない誠実さにドノバンは自分に近いものを感じる。不公平な裁判によってこの男を死なせてはならないと確信するのだ。

物語は大きく2つのパートに分かれていて、前半はアベルの裁判劇。後半はその裁判の後に起きた、ソ連で捕えられた米国スパイと、アメリカに捕えられたアベルの人質交換劇だ。いずれもドノバンの活躍によるもの。前半でドノバンの人間性とアベルとの絆の形成を描き、後半の事件で、時代を動かしたともいえる彼の偉業の全容を描く。この2つのパートは必然的な流れとして繋がっていて、前半で描かれているドノバンとアベルの間で築かれた関係性が、後半の結末に大きく効いてくる。これが素晴らしく感動的。前半で描かれていたドノバンの弁護士としての手腕が伏線となって、後半パートでしっかり回収されていくのも見事だ。

本作の脚本はコーエン兄弟が手掛けているとのこと。といってもマット・チャーマンという脚本家との共著だが。重厚でサスペンスフルなストーリーは見応えがあるが、「不安か?」「何のためになる」の言葉のキャッチボールなど、いささかユーモアの描き方がわかりづらかったりして、スピルバーグとの相性を手放しで良いとは言えない。また、米国人学生に対するドノバンの動機も、もう少し確証に近いものが欲しかった。いつものスピルバーグ映画ならもっとわかりやすいはずなのだけど。

後半の人質交換劇での綱渡り的な駆け引きはスリリングだ。ハズすことなくエンタメ性を容易に付加できるスピルバーグ演出の確かな仕事ぶりが目立つ。物語の舞台となる冷戦時のアメリカや東西ドイツの緊張感に包まれた空気感も見事に再現されているようでストーリーを引き締めてくれる。ドノバンが目の当たりにする、東西ドイツの「壁」とアメリカの「フェンス」の対比は痛切だ。

ドノバン演じるトム・ハンクスとアベル演じるマーク・ライランスの好演が光る。等身大のヒーローを説得力たっぷりに演じることができるトム・ハンクスは「さすが」といったところだが、本作の最大の収穫はマーク・ライランスのキャスティングだろう。本作で初めて観た馴染みのない俳優で、実際に映画の出演作も少ないようだ。しかし、調べたところ、演劇界ではかなり知られている人のようでトニー賞を3度も受賞している名舞台俳優とのこと。本作は彼の顔面のショットから始まる。生気のない目と捉えどころのない存在感はスパイとしての器量を如実に表しているようだ。そしてその表情からは孤独と哀愁が滲んでいる。一言、「巧い」。来月のオスカー賞レースではスタローンとのタイマン勝負になると予想されるが、演技力という点ではライランスが一枚上手のようだ。(スタローンは「存在感」。)

エンディングの字幕でドノバンのその後の活躍が説明される。ちょっとこれは蛇足だったかも。名もなき弁護士が果たした一回こっきりの「奇跡」と見せたほうが余韻が深かったはずだ。

【70点】