もるがな

ズートピアのもるがなのレビュー・感想・評価

ズートピア(2016年製作の映画)
4.8
都会に出た純朴な田舎娘のウサギが、現実の壁にぶつかりながらも夢を叶えようと努力する、頑張る女の子の自己実現の物語……と言ってしまえば甘っちょろく響くかもしれないが、一枚皮をめくれば、現実社会に深く根差した差別の物語が顔を覗かせる。

主人公は当人の意志を無視した草食獣のプロパガンダとして扱われる。誰もが望む自分になれると謳われた楽園ズートピアも、街を歩けば隠された差別が浮き彫りになる。種による差別はなりを潜めても、恐怖心や不信感に根差した差別心はそう簡単には消えず、職業差別などの形をとって、日常生活に棘のように食い込んでいるのだ。それらの世界に対して諦観の気持ちを抱いている相棒ニックのキャラ造形も素晴らしく、純粋一途なジュディと対比してニヒルな三枚目というバランス感がとても良い。

これはポリティカルコレクトネスの限界まで突き詰めた映画であり、ディズニー史上、テーマ的に最も「攻めた」作品であると言っても過言ではない。本作が白眉なのは、多様性万歳!差別ダメ!絶対!などの表層的な道徳の話でなく「弱者すら容易に差別主義者になる」という、絶対的な正しさとされたポリティカルコレクトの揺らぎを描いて明確に批判した点であろう。弱者が常にポリティカリーコレクトではないと言い切るのは、動物の世界というメタファーを借りたからこそできた芸当で、それにより、鑑賞した各々がそれぞれ自分の当事者性を当てはめて語ることができる。

悪役の正体は予想通りではあったものの、そのバックボーンは素晴らしく、これを持ってきたあたりにこの映画の凄みがある。ポリティカルコレクトネスは一面的かつ硬直化した正義ではなく、リベラル側からのポリコレ批判を通すことで更新され、常に変化していくものであることをこの映画は教えてくれるのだ。

オチは安心のディズニーといった感じで、やや理想的に過ぎるかもだが、自身の住まう世界の社会秩序にまで踏み込んだ点は素晴らしく、エンタメとしてのスケールの大きさは一級品だと思う。またミステリ映画としても素晴らしく、捜査パートから推理、意外な犯人までの道筋はとても丁寧で、警官と詐欺師が組んで事件を解決するというバディものとしても非常に完成度は高い。かつての王道的なディズニーすら相対化し、皮肉的なスパイスを効かせたディズニー屈指の名作である。

余談ですが、類似するテーマを扱った作品として、マンガ大賞に選ばれた板垣巴留 『BEASTARS』があるのですが、あちらは肉食動物と草食動物のどうしようもない非対称性に焦点を当てた名作で、ズートピアとはまた違った視点でエグく問題を扱っているので興味のある方は是非。
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