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PK(2014年製作の映画)
4.1
 辺り一面何もないインドの砂漠地帯ラージャスターン州、停車駅のない場所に遠くから列車がやって来る。この地の空には大きな雲が湧き出し、ゆっくりと地上へ降りて来る。雲の切れ間からはかすかに宇宙船らしき物体が見える。ハッチが開き、全裸姿の宇宙人(アーミル・カーン)が出て来る。地上に降り立った宇宙人のしばしの感慨の後、線路沿いを歩く1人の男は全裸姿の男をただただ不気味がる。目が合う男同士の距離は数十m。宇宙人は全裸で全力疾走し、彼の目の前で立ち止まる。ジリジリとした沈黙の後、男は宇宙人の首にかけられた緑色に点滅するアクセサリーを引きちぎり逃走する。線路内を全力疾走する男はそのまま貨物列車の最後尾に飛び乗る。呆気に取られた宇宙人も彼の姿を追うものの、男から奪うことが出来たのはラジカセだけだった。その緑色のタイマーこそは、宇宙船を呼び戻すリモート・コントローラーに他ならない。リモコンが無ければ、地球から祖国へ変えることは叶わない。到着早々、絶望的な思いに駆られた男には更なる試練が待ち構える。一方その頃、ベルギーの古都ブリュッヘでは一人の女ジャグー(アヌーシュカ・シャルマ)が足取りも軽やかにペダルを踏む。心待ちにしていたボリウッドの大スターであるアミターブ・バッチャンの朗読会。意気揚々と階段を駆け上がった彼女は売り切れの文字に心底落ち込む。仕方なくダフ屋に声をかけるが、その場に居合わせた青年サルファラーズ(スシャント・シン・ラージプート)と口論になる。だがこれが運命の恋の始まりだった。

 前作『きっと、うまくいく』では恋と友情の大学生生活を描き、伏線にしっかりとインドの学業問題を織り込みながら、深刻な自殺者数と強姦の多発する現代インドの問題にも鋭くメスを入れたラージクマール・ヒラーニだが、今作は宇宙人の目から見た「神」や「宗教」というインド社会最大のタブーを紐解く。サルファラーズの歌声に魅了されたジャグーは一目で彼に惚れるのだが、後に彼がパキスタン人だとわかったことで一気に血の気が引く。ジャグーの父(パリークシト・サーハニー)は彼女が生まれる前から熱心なヒンドゥー教信者であり、家族の大事なことは全てヒンドゥー教導師のタパスヴィー様(サウラブ・シュクラ)に師事を仰いで来た。映画の中の描写は幾分不明瞭だが、今作が「インド・パキスタン分離独立」を下敷きにしているのは疑いようもない。イギリス統治時代、インド人とパキスタン人は同じ土地で仲良く暮らしていたのだが、ヒンドゥー教とイスラム教の対立が激化し、人々を分断する。自分たちの神様が1番だと信じてやまない宗教対立は結果として、「インド・パキスタン分離独立」により国境を作らざるを得ない。その結果、先祖代々シームレスにコミュニケーションを気付いて来たインド人とパキスタン人の間には大きな齟齬が生じる。前半部分の若いカップルの破局は「インド・パキスタン分離独立」の被害を被る悲しい破局に他ならない。ジャグーは失意の中、ニューデリーに戻りテレビ記者となるが、駆け出しの彼女の前に絶好の被写体になりそうな男が現れる。黄色いヘルメットを被り、大きなラジカセを抱え、「神様が行方不明」という名のチラシを配る男の姿にジャグーは魅了される。

 今作でも『きっと、うまくいく』同様に主演を果たしたアーミル・カーンは真にピュアな心で、インドの因習や慣例にクエスチョンを投げ掛ける。世間の常識が一切通用しない主人公の姿に、徐々に賛同者が集まる様子は前作『きっと、うまくいく』と同工異曲の様相を呈す。だが唯一違うのは彼がインド国民ではなく、得体の知れない宇宙人だということである。ひときわ大きい福耳を持ち、一切瞬きをしない筋肉質の男は風俗嬢の手を6時間握り続けるまで、チャップリンやバスター・キートンのような無声映画の世界を生きる。宇宙人の目から見た「神」や「宗教」を扱う物語は、ヒンドゥー教、イスラム教、キリスト教だけに留まらず、ジャイナ教やシク教、仏教のエッセンスまで取り入れる。神はただ一人であるはずなのに、どういうわけか大きく膨れ上がったそれぞれの宗教の神様や自己矛盾に対し、立ち向かう純粋無垢な男の描写は決して悪くないのだが、宗教は神ではなく、人が生み出したことを明らかにする中盤の描写がいささか凡庸で冗長なのは否めないだろう。『きっと、うまくいく』のヒロインのフィアンセだったスハース・タンドン(オリヴァー・サンジェイ・ラフォント)やヴァイラス学長(ボーマン・イラニ)同様に、ラージクマール・ヒラーニの描写は時に導師のタパスヴィー(サウラブ・シュクラ)をステレオタイプな悪人像として真っ先に槍玉に挙げるが、善悪の描写はストレートな勧善懲悪の範疇には到底収まらない。唐突なテロリズムの侵犯など中盤には不可解な場面が多々見られるが、導入部分の独創性やクライマックスのオリジナリティは『きっと、うまくいく』同様にやはり抜きん出ている。
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