開明獣

神々のたそがれの開明獣のレビュー・感想・評価

神々のたそがれ(2013年製作の映画)
5.0
その街の名はアラルカン。そこに降る雨は短く粘っこいという。泥濘と汚穢の中に蠢く住民達に神と崇められ、畏れられる男、ドン・ルマータは、剣や鞭で住民を痛めつけることはしても、殺めるなかれと自らを戒めていた。

浅学寡聞にして、その名を知らず。この台詞を何度となく使えることは、なんという喜びであろうか。世にはまだまだ未知の素晴らしき創造者達が満ち溢れている。今回の対象者は、この作品の監督である、ロシア出身の映像作家としては、タルコフスキーと並び称されるというアレクセイ・ゲルマン。これは、同氏の遺作である。

住民達は知恵を持つことを禁じられ、知恵を持ち知識を伝導しようとする賢者達は厳しく迫害されている。この焚書坑儒的な発想は、古典としてはレイ・ブラッドベリの「華氏451度」や、近年では、マン・ブッカー賞国際部門の最終候補ともなった、小川洋子氏の「密やかな結晶」にも見られるディストピアであり、この作品でもその側面を読み取ることが出来る。

このディストピアにあるポピュリズムや反知主義は、まさに今現代の我々を襲いつつある現象である。その象徴として最も顕著なのが、個としてはドナルド・トランプであり、衆としてはネット上のSNSというプラットフォームである。人々は自信に満ちた指導者の嘘八百の発言に酔い痴れ、発信されたフェイクニュースに惑わされていく。かようなことを、この作品の中では、地球から800年ほど遅れたとある惑星の中での出来事の設定として、ゲルマンは人間の愚昧さというものの普遍性を徹底的に描き出そうとしているように思える。

だが、それに留まらず、この映像作品は玩具箱をひっくり返したような狂騒と喧騒に満ちたコラージュの集積体が重層構造を持つ一つのオブジェを成しているようだ。ロシア特有の怪異であるヴィイやバーバ・ヤーガを彷彿とさせる住民達は呪われた存在であるが如く、奇怪な振る舞いをする。

ゲルマンは、醜さにある美を、相剋する世界を、知者と愚者は実は一体であることを、問いかけるよりも、そっと独り語りしているようだ。

雪原に神の吹き鳴らす木管楽器が妖しく鳴り響く。

Hard to be God, as well as human.
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