シュンタ

スポットライト 世紀のスクープのシュンタのネタバレレビュー・内容・結末

4.0

このレビューはネタバレを含みます

この映画が描きだしているのは同時多発テロのあった2001年頃のことの出来事なので、今に比べたらまだまだ新聞業界に元気があった時代と言えるのかもしれない。それでもこの映画の冒頭ではまず業界の傾きっぷりが生々しく描きだされていく。それが物語の始まりなので驚いた。

主役となるボストン・グローブ社「スポットライト」は4人の社員からなる部署なのだけれども、彼らはマッチョセクシーの美男美女ではなく、仮に優秀だとしても、なんとなく覇気のないおじさん3人と女性1人である。映し出される彼らの最初の姿は、新任のボスが経費削減のために自分達の首を切るのではないかと怯える様子で、正義の記者というような映画のポスターから想像するイメージとはほど遠い。更に彼らは神父による児童への性的虐待という問題へ切り込んでいくことになる訳だけれども、それは誰かからの告発に勇気をだして向き合ったからでもなく、努力して掴んできた特ダネがきっかけとなるでもない、かねてから部分的には表に出続けていた事実にようやく向き合うことにしたにすぎず、それも恐れていた新任のボスから追及不足だと指摘されて不承不承取り掛かりはじめるといった具合なのだ。取材方法も古き良き時代といった感じで、潜伏やトリッキーな仕掛けを使うことはありえず、しらみ潰しのインタビューと、顔なじみの関係者へのゴルフ接待という、ちょっとうんざりするようやり口を使う。痛快なヒーロー物を勝手に期待していた自分にとってかなりがっかりする内容で、DVDを借りたのは失敗だったなと思わずにはいられなかった。

折り返しのところまでは。

疑惑の調査を続け、彼らはボストンに13人もの小児性愛神父がいるようだというところまで突き止める。それに前後して、何十年も前から教会内部の小児性愛者の問題を研究し、その告発を教会によって握りつぶされた男性の存在が判明。スポットライトのメンバーが電話で彼に「13人という数字は多すぎないだろうか」と不安になって尋ねるシーンが、この映画の衝撃的なターニングポイントだ。スポットライトの4人がスピーカーホンで電話越しの男性の声に耳を傾ける。男性の答えはこうだ。

「いや…それでは少なすぎる…
自分の研究に基づいていえば全体の6%が小児性愛者の筈だ」

ボストンには1500人の神父がいるので、この発言はボストンに90人ほどの小児性愛者の神父がいることを示唆していた。衝撃を受ける4人。ここから彼らの調査も本腰になっていく。この問題は単なる教会のスキャンダルではなく、被害者の訴訟をもみ消し続けた弁護士の存在、仮に教会が有罪となっても罰金が全く見合わない少額に抑えられてしまう異常な法律の存在、教会による合法的証拠隠滅が可能な司法制度など、あらゆる問題を含んでおり、調査は難航。しかし最終的に彼らは87人の児童虐待者の存在を突きとめる…という…

これが実話なのだからすごい。。。

アメリカ人や、その後この問題が飛び火したヨーロッパの人にとって、教会がどういう存在なのか日本人としてはイメージしにくかったので、始め感情移入しにくく感じる部分が多かった。自分の頭での理解では、アメリカ人にとっての教会は日本人にとっての皇室にちょっと似ているのではないかと思う。色々大間違いかもしれないけれど。

スポットライトは調査を進めていく中で、「この問題を追及することがどういうことを意味しているのか分かっているのか」と反発したり、暗に脅したりする人々に度々直面することになる。この様なおぞましい犯罪を明らかにすることが正義を重んじるアメリカでどうしてかくも難しいのか、違和感がなかなか拭えず理解に苦しんだ。これは、日本の皇室に置き換えて考えてみると腑に落ちるところがある。絶対にありえないことだけれども、もし仮に皇室に児童性的虐待疑惑があったとして、それ調査しようとしたら…。いいか悪いかは別として、「深入りはよそう」と思ったり、「深入りはよしとけ」と言ってしまったりしてしまいそうだ。この場面のアメリカ人も似たような心情なんじゃないだろうか。アメリカ人にとって教会は日本の皇室のように心の拠り所であり、しかもはるかに大規模で、かつ地域に根ざした存在なのだ。そう理解すると莫大な数の被害者が泣き寝入りしてきた理由や、その親も大声をあげにくかった理由がよくわかる気がする。被害を告発することで教会そのものを毀損しているととられるのは全く望んでいないし、社会から凄まじい誹謗中傷を受けるかもしれないという恐怖もあるのだ。スポットライトの記者達自身にとっても程度の差こそあれ教会は大切な存在であり、暗部に直面することでかなり動揺していることが劇中映し出される。女性記者は信仰深い祖母に教会を告発する調査を進めていることをひた隠しにし続ける。別の記者は、もう教会には長く通ってもいなかったのに、なんとなくいずれまた通い始めるのだろうと思っていたことに気づかされ、うろたえる。

スポットライトチームの判断で優れていたのは、最終的に事件を起こした神父個人を告発することを目標にせず、教会ぐるみの隠蔽の事実を告発することに焦点を当てたことだ。神父を告発するだけでは教会は変わらず、被害者が出続けてしまうという理由からだ。ただしこの判断の為に必要な裏取りが増え記事の掲載が遅れたため、他誌に出遅れてしまうのではないかと焦ったチーム内で軋轢が生まれてしまう。また取材に応じてきた被害者からは記事にする気がないのだと受けとられ、裏切り者呼ばわりされることになる。

また「自分達は正義といえるのか?」という葛藤も、取材を進めていく中で避けられない問題となっていく。実のところ、この問題をあぶり出すのに十分な資料はボストン・グローブの社内にはるか昔からそろっていたのだ。そればかりか、スポットライトが被害者の訴訟揉み消しに加担していたとみなしていた弁護士は、実ははるか昔に小児性愛者神父の存在をボストン・グローブ社に匿名で告発していたことが分かる。ボストン・グローブ社は当時その告発をもとに小さな記事を書いており、その記事を書いたのは他でもないまだ若かりし頃のスポットライトの記者だったのだ。被害の実態を明らかにできたその時に、彼らもまたなにもしていなかったのだ。この巨大な犯罪を傍観してきた他の人々と同じように。

結局、新任のボスの「君たちは暗闇に光を照らすことができ、それを誇りに思っている」(大意)という言葉に励まされ、記事は無事出稿されることになる。記事は大きな反響を呼び、声をあげていなかった被害者からの電話が朝一番から鳴り止まず、メンバーが応対を続ける、というところで映画はクレジットを迎える。クレジットの始めで、スポットライトが以後600もの告発記事を連載し続けてたことが示されたる。

事実をもとにした映画にありがちな英雄伝としてしまう風味がこの映画には全く存在していなかったのがこの映画の素晴らしい点だと思う。告発に成功したのは、使命感は高くとも、レッドソックスをこよなく愛する普通の人間であり、鑑賞後は悪を暴露した爽快感よりはるかに、使命を全うし被害者に光を照らすことができたことへの安堵感がじんわりと心に残った。記者達の迷いと葛藤がアメリカを包む様々な問題とともに非常に高いレベルでテンポよく展開され、ノンフィクションをこれだけ面白くできることにめっちゃ驚かされた。

素晴らしい映画。
おすすめです。

ただこれがアカデミー作品賞を受賞したのは、そもそもこの基になった事実がカトリック圏の人々にとって凄まじい出来事で、それを忠実に再現できたからだろうと思います。非カトリック圏に住むむのとしてはそうした文化的背景がないので、作品賞はあたかもやや過大評価かのように感じてしまい、若干冷めた目で見てしまうところもあります。その天邪鬼な気持ちがスコアを4.0にした理由です。

以上の文書に書き込めなかったことを2点。

重要な登場人物に、ある気難しく気性の荒い弁護士がいる。彼は教会からのあらゆる妨害にめげず、スポットライトが調査に乗り出すより前から人知れず被害者の救済に尽力してきた人物だ。なんとか彼の信頼を得て彼から情報を聞き出そうとするスポットライトの記者が、自分はボストン生まれボストン育ちと話し、この弁護士が驚き言葉を失うシーンがある。この弁護士はポーランド出身だ。そしてスポットライトの新しいボスがユダヤ人であることも知っている。ボストン・グローブ社がこの問題に取り組み始めることができたのは新任のボスがユダヤ人といういわば部外者だからということを彼は見抜いていた。「こういう問題にとりくめるのは普通外部の人間なんだがな」(大意)と彼は言う。彼は内部の人間がこの問題に取り組むのがいかに難しいかうんざりするほど知っていて、自分は部外者だからこそ取り組めるのだと、そこに使命を見出したからこそ孤独の中取り組みを諦めなかったのだ。このあたりにアメリカといえども自身の問題に向き合うのがいかに難しいかということを感じるし、同時に様々な人がいるアメリカのダイナミズムを感じた。

映画の終盤に一瞬泣けるシーンがある。このスポットライトの記者が記事の最初の出稿の日、出来上がったばかりの新聞をこの弁護士に届けるシーンがある。弁護士は隣室にいる新しい被害者のこどもを指差して「これからも記事を書き続けてくれ」と言葉を残し隣室に入っていくのだが、その時急に声調が変わって高い声で子供たちに話しかけながらドアを閉める。「元気かーい?」みたいに。これが唯一この弁護士の明るい声のシーンで、弁護士の孤独と使命感、優しさを一気に感じる名シーンだった。

書ききれなかったこと2点目。

被害者の方々の俳優さんが素晴らしかった。実際の被害者の方々が負っていたであろう痛みをよく表現して胸がしめつけられた。真逆の意味で恐ろしかったのがあっさりと「いたずら」の事実を認めた神父役の人。背筋凍った 笑
シュンタ

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