ずどこんちょ

ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密のずどこんちょのレビュー・感想・評価

3.4
ちょっと出遅れましたが、ファンタビ3作目をようやく見てきました。

やはり「ファンタビ」シリーズの「ハリー・ポッター」との最大の差別化は主人公ニュートが魔法生物学者であること。
それぞれに不思議な特徴を持つ様々な魔法生物たちの活躍が毎回の楽しみです。
そして本作で最も活躍する魔法生物が冒頭から物語を通して鍵を握る「麒麟」です。
日本人にはあのビールのマークでお馴染みの麒麟です。
大河ドラマでもつい最近タイトルになった太平の世の象徴として現れるとされる麒麟ですが、本作では優れた予知能力と、人の心が純粋な善人であるかどうかを見極める生物として登場します。
もう最初から最後まで、この麒麟をめぐる争いと言っても過言ではありません。麒麟を利用しようとするグリンデルバルドと、麒麟を守ろうとするニュート。
そこにダンブルドアとグリンデルバルドがかつて交わした血の誓いや、二人の関係性、そしてダンブルドアの弟・アバーフォースやクリーデンスの秘密などが明らかになっていきます。

というわけで若干詰め込み過ぎ要素のため、正直に言って前2作ほどニュートにスポットライトは当たりません。いや、もちろん主人公ですから物語には関わっていますが、大きく活躍する関わり方ではありません。本作が主にグリンデルバルドとダンブルドアの関係性を描いているからです。

あと、「ファンタビ」がハリポタシリーズとちょっと違う特徴の二つ目が、学校という舞台に縛られていないことです。
それゆえ、キャラクターたちは世界中の様々な国に現れます。一作目からニューヨーク、パリを舞台に活躍してきましたが、今回は最後にブータンを舞台にしております。ハリーポッターの魔法の世界観がブータンというアジア地域で見られるのは新鮮で良かったです。

「ハリーポッター」シリーズだけ見ていると、ダンブルドアという存在は謙虚さを態度に表しながらも既にすべてを見通す力があって、ヴォルデモートとの戦いにおいても鍵を握るハリーにすらその計画の全貌やスネイプとの背景は伝えてくれない人物像でした。
あのシリーズではあくまでダンブルドアは教師であって、教師と生徒という関係上、ハリーのことを無謀な危険には巻き込めないという立場もあります。基本的にはハリーを導く教師ですが、ハリーに情報を隠す側面もある。だから奥底が知れない不思議な威厳と共に、どこか完全には信じきれない怖さのようなものがありました。

ところが、本作ではまだ若かりし頃のダンブルドアが大人として対等な立場でニュートらと共にグリンデルバルドに立ち向かいます。知性は感じますが、ハリーとダンブルドアの時とは違う立場です。
彼が元来持つ善良な心。友や仲間が闇に落ち、世界が不安に覆われないように動き出す正義に満ちた行動力が示されます。
そしてその善良な心は本作で確かに認められました。
ハリーと接している時の秘密主義なダンブルドアに若干の不信感もあったので、彼が確かに善人であることが確認できて安心しました。