せーや

エル・トポのせーやのレビュー・感想・評価

エル・トポ(1969年製作の映画)
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アーッハッハハハハハハ
アーッハッハハハハハハ
アーッハッハハハハハハ
耳から離れない笑い声。

砂漠を旅するエル・トポ。
彼はならず者たちに襲われる人々を
解放するために修道院へ。

ホドロフスキーは言います。
「暴力抜きに神秘は語れない」と。

暴力や性欲、狂気に満ちたこの映画。
しかしその奥底には、神という存在や
自然的な存在など、神秘に溢れているのです。

舞台は二つに分かれています。
ひとつはエル・トポの「ガンマン」としての人生。
もうひとつはエル・トポの「贖罪」としての人生。
二つの描き方は同じようで違い
違うようで同じなんです。

"ガンマンとしてのエル・トポ"

彼は息子を捨て、恋人と愛のために旅を続ける。
しかし二人はやがて「愛」の証拠を確かめるため
砂漠にいるという4人のマエストロを殺し
自分がこの世で最強であることを証明しなければならない。

「何のために殺すのか?」
「お前は自己発見のために殺すのだ」

彼にとってガンマンは存在意義の全て。
最強でなければ生きている意味はない。
そう考えて生きてきた。
しかし結末は、悲惨なものだ。
これが生きる意味だとしたら
こんなに悲しく、むなしいものはない。
ガンマンとしてのエル・トポは、まさに「暴力」だった。

"贖罪としてのエル・トポ"

目覚めたエル・トポは
洞窟の中で暮らす奇形たちに
「神」として崇められていた。
彼は今までの生き方を反省し
彼らのために生きることを決意する。

「師は殺せない」

彼は贖罪のなかで一人の女性と出会う。
彼は「暴力」という生き方をやめ
人のために生きる。助けるために生きるという
まさに聖人のような生き方をする。

そんな中で出会った一人の青年。

ホドロフスキーは言います。
「敵を赦すことは、この上ない幸せだ」
「個々の争いが止められるなら、戦争も止められる」と。

贖罪としてのエル・トポを見ていると
ホドロフスキーの伝えたいことがわかった気がする(わかったような気になる)。
彼は頭のおかしい奇人ではない。
天才なんだ、と。
そしてとても素晴らしい考え方の持ち主なんだ、と。

ビートルズ解散後
平和活動に人生を捧げたジョン・レノンが
この映画を愛したのが、わかる気がする。

NYタイムズはこの映画をこきおろし
発刊後、多くの人からの抗議を受け
なんとこきおろした記事を撤回、
一面を使って褒め称えたそうです。

様々な伝説の残るこの映画。

この人の映画に関しては
どう評価していいかわからないので
点数はつけませんが
この映画を完璧に理解できるようなら
あなたも天才の仲間入りです。