唯

あんの唯のレビュー・感想・評価

あん(2015年製作の映画)
4.0
食べ物の撮り方にとても気を配っている。
どら焼き作りのシーンは、そのほくほく感と美味しさとがひしひしと伝わり、ほっぺたが落ちそうな感覚に。
それだけで幸せになってしまうほど。
餡作り中の、労働中の希林さんはとても溌剌としていて、同時に、母から子に向けられる眼差しを湛えてすらいる。
彼女にとっては、それは餡に対する「もてなし」であり、餡へのエールを送りながら、小豆を茹で、待ち、信じる。
食物つまりは万物へのリスペクトが溢れる。

社会や家に帰れば鬱屈とした孤独と現実とが待っているが、どら焼き屋のひと時には多幸感が満ちており、その対比が泣けて来る。
どら焼きを頬張ることは、生きていることを一つ一つ、しみじみじんわりと噛み締める時間なのかもしれない。
希林さんが実の孫の伽羅と「若いって良いわねえ」と語らうシーンが秀逸。

働くことは無上の喜びだ。
我々は、生きる為に働くのではなく、働く為に生きる、それが本来の生きる姿。
しかしながら、労働こそが人間の歓びであるにも関わらず、それすらも許されない人が居る。
陽の光を浴びることを許されない人が居るのだ。
彼らは、普通の社会に出ることに焦がれ、働くことを心から欲し憧れている。
徳江さんの笑顔からは、理不尽な差別や偏見と闘って来た人物の、暗い過去や壮絶な半生、それでも生き抜く強さを想像させられる。
餡や周囲に対する真心は、彼女本人が向けられたかったものなのであろう。
真面目に生きている人が真っ当に生きられない社会なんて、ただただ残酷だ。
いつになったら、本当に温かい世界が訪れるのか。

異質なものや交わって来なかった人と出逢い受け容れることは、人間を大きく成長させる。
交差した時間は短くとも、味の思い出や温もりの手触り、尊い記憶が消えることは無い。
人は、人との出逢いという影響によって、人生を大きく左右されたり、ほんの少し角度や方向を変えられたりするし。

いつもどこか茶目っ気を纏った希林さん。
彼女の言葉一つ一つには含蓄があり、上から下の代へ教え伝承することも人間の在るべき行為と気付かされた。

出演時間はごく短いが、太賀は好きだなあ。

余りにも短い一瞬の幸せを、永遠の希望として生きて行く人も居る。
そのことを私達は忘れてはならない。
この世のなるべく多くの物事に目を向け耳を傾け、暮らして働いて生きて行かねば。
唯