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バケモノの子のrainwatcherのレビュー・感想・評価

バケモノの子(2015年製作の映画)
2.5
これは…ううむ、「風(FU)」映画ではないかなあ。

それはつまり、「少年が何かを通して成長した風」だったり「親子・師弟・バディ関係を感動的に描いた風」あるいは「斬新な異世界バトル風」…魅力的になり得る要素をたくさん持っている(持たせようとしている)作品なのだけれど、そのすべてが「風」どまりになっている。
そりゃあ、アニメーションとしての作画や演出はみごとだ。異世界デザインの面白さだとか、アクションの生理的な気持ちよさ。演技も、メインどころのほとんどをいわゆる芸能人声優で固めたにしては「ソツがない」以上のエモーションをちゃんと持っている(特に役所広司さんなんて、時に玄田哲章か大塚明夫か、と思い紛うほど決まっている)

そしてそれゆえに、「風」にだまされる。

しかし実は、その要素たちはどれも繋がりが弱くて「記号」が羅列されているだけなのだと気づく。泣けるだろうという記号、キュンとするだろうという記号、アツくなるだろうという記号。舞台装置が優秀なのでなんとなく持っていかれそうになるけれど、実はその記号を見せることからの逆算でストーリーやキャラクターが作られていて、言葉を選ばずに言えば軽薄だ。記号を繋ぐための描写、表現をサボって、単に迷路をゴールから解くみたいなズルをわたしは感じてしまったのだった。
その何よりの筆頭は、やはり主人公の設計ではないだろうか。彼の周囲の人物は、良いことも悪いことも彼の成長や挫折に奉仕するための役割しか持っていないように思えてならない。だらだら愚痴っぽいことを書いてしまっているけれど要するに、わがまま言ってんじゃねえと。とりあえず大人の話をきけと。エスパー並に君のことをわかってくれる広瀬すずを本屋でたまたま拾うとかふざけるなと。

百歩譲って、これを中高生くらいが観るのであれば良いと思う。彼らにはまだ、何よりまず「叩けよ、さらば開かれん」と半ば無条件に背中を押してあげることが重要なのだから。ただ、社会に少しでも出たあとの目線では成り立たないと思ったし、いまやビッグバジェットであるゆえにこれくらいでウケるっしょ、と裏で言われているような不誠実さのようなものすら透けて見えてしまった気がしたのでした。