えんさん

怒りのえんさんのレビュー・感想・評価

怒り(2016年製作の映画)
4.5
東京・八王子の閑静な住宅街で、夫婦が惨殺される事件が発生する。凄惨な現場を捜査する刑事たちは、ドアの裏側に被害者の血で書かれた「怒」の文字を発見する。それから1年、犯人はいまだ逃走を続けていた。事件が公開捜査となっていく中、千葉、東京、沖縄の各地で、前歴不詳の男と出会った人々がいた。最初は快く迎えていた各地の人々の間に、次第に男に対する不信感が広がっていく。。吉田修一のベストセラーミステリーを、「フラガール」が第30回日本アカデミー賞最優秀作品賞を獲得した李相日監督が描く群像劇となっています。

今年(2016年)邦画上半期No1に選定している「リップヴァンウィンクルの花嫁」と共通するテーマを、ミステリーにしたような作品。「リップ〜」の感想文にも書いたのですが、現代社会というのは良くも悪くもインターネットが普及をし、情報というのが瞬時に全世界に簡単に拡がる社会になってきています。その中で確実に変わっているのが、従来は家庭とか、地域とか、学校・職場のような狭い範囲でしか人のつながりを持てなかったのが、同じ趣味嗜好、思想を持った人々等々、従来のコミュニティの範疇を超えた人のつながりが簡単に生まれていく社会に変遷しているのです。それはある意味、見知らぬ人でも、何かの目的を持ったつながりができれば、比較的安易に受け入れられるような人の寛容さを生むことになってくるのかなとも思います。とはいいつつも、そこに集まるのは善意を持つ人々ばかりではない。いろいろな鬱憤や怒りを抱える人も集まってきてしまう。本作はそうした見知らぬ人がもたらす悲劇を描いていくのです。

予告編でも示されたかもしれないですが、夫婦惨殺事件の犯人が千葉、東京、沖縄に現れた3人の男のうちにいるのです。この映画が悲しみに満ちているのは、その犯人に絡んだエピソードに、残り2つの無実のエピソードが押しつぶされていくことなのです。見知らぬ男が出会った人々に与えた希望のようなものが、惨殺事件の公開捜査とともに、前歴がよく分からない疑念への変わっていく。確かに見知らぬ人には変わりはないが、男が与えてくれた希望のようなものにすがりたいという気持ちと、疑念との狭間に押しつぶされていくのです。ある者は要らぬ想像を膨らませ、ある者は愛する者を警察に通報し、ある者は恭順したように男に取り込まれていく、、犯人が絡むエピソードは壮絶の一言ですが、救いとなるのは、疑念が払拭された残り2つのエピソードがゆっくりと人としての再生の道を辿っていくこと。思えば、自分が生まれた瞬間から、家族も含め、人生というのは見知らぬ他人とか関わっていく旅。その中で人を信じること、人を赦す(ゆるす)ことというのが、つらい人生をよき方向へ手繰り寄せていくことではないか、、救われ、再生していく人々のラストを見ながら、ふとそんなことを考えました。

渡辺謙の少し枯れたような演技が、不器用に生きてきた孤高の男・槙をよく表現しています。自由奔放ながらもしなやかな愛らしさを兼ね備える宮崎あおい演じるの娘・愛子や、ゲイカップルを演じた妻夫木・綾野の2人の男の繊細な部分など、各役者の演技力の高さにはもう痺れてきます。でも、本作でやはり女優として大きな1歩刻んだのは、広瀬すずでしょう。「海街diary」の少女っぽさからは完全に脱皮し、「ちはやふる」のパワフルさや、本作の女としての可憐な部分を併せ持つ演技も含め、今後が非常に楽しみになってくる作品でした。