曇天

怒りの曇天のレビュー・感想・評価

怒り(2016年製作の映画)
4.5
じゃあ『フェンス』もやったのでこちらも軽く。こういうのは落ち込んでる時には清涼剤ですね。自分の日常がまだマシだと思えて、人に会いたくなります。

系統は違うけど言われてみれば似ている3人、松山ケンイチと綾野剛と森山未來の中に殺人犯がいるというコンセプト。こういう並べ方はあまり見たことなかったから面白い。あれだけ豊作の2016年にまだこんな映画が。「どうせつまらない」などと疑わなければスルーして後悔することもなかったのに…。

徐々に周囲に疑いが増していく過程では同様にこちら側もわからなくなってきて、観客側は3人並べて見ているから脳内で予想が始まってしまう。ある意味「観客参加型」だから入り込みやすい点はあったと思います。
松山ケンイチのいる千葉、宮崎あおいが結婚すると言い出したのをきっかけに父親渡辺謙が素性を探ると過去の経歴を偽っていた。
綾野剛のいる東京、同棲を始めた妻夫木の同僚の間で窃盗事件が頻発し警察からの電話で疑いを募らせる。
森山未來のいる沖縄、広瀬すずがレイプされたことを友達から打ち明けられ苛立ちを隠さない粗暴さを見せる。

主人公が定まらない群像劇ですが強いて言うなら、疑いの気持ちを持ってしまった3人ですかね。広瀬すずは途中退場してしまうんで渡辺謙、宮崎あおい、妻夫木聡あたり。話として一番良いのはやっぱり千葉編かなー。疑って、そのモヤモヤを解消するために実行に移すだけでその人の人生を壊すほどの事件になってしまう、取り返しのつかない事態を招くという所まで行くので。教訓的話だし、人の業を感じられました。

発端となった殺人事件がまた厄介なんです。施しを受けた瞬間に殺意が湧くっていう思考回路も常人には理解しがたいものなのかもしれません。が、重要なのは事件のきっかけを作ったのは善人の側であった点ですよね。これだと「善意を向けたら殺されるかもしれない」世の中だから「身を守るためには善意なんて施さない方がいい」となってしまう。物語的には殺人事件が起点となってこの命題が生まれ、日本全体に広がり、異邦人を迎え入れた3つの土地の人々が命題の前に苦しみます。自分達の身の安全と、人としての善意の間で葛藤するのです。確かな情報を得たり犯人かどうかを見定めるためには時間が必要。でももし本物だとしたら、ボヤボヤしてたら身に危険が及びかねない。周囲の人を守る義務も生じる。最終手段は警察の強制捜査ですが、もし本物でなかったら名誉棄損、無実の人の噂は止まらなくなる…。さーて困った究極の選択です。人間って不自由ですねえ。
そういう意味で千葉編はこの試練を乗り越えられるか否かが、不幸な娘の幸せに関わってくるものだからやたら感情移入を誘うのですよね。観ていて熱がこもるというか。

どうでもいいけど思い返せば昭和臭が凄かった気がします。『ノルウェイの森』『日本で一番悪い奴ら』『69』『苦役列車』など昭和が舞台の映画の主役イメージが強い俳優が集まってて。まぁ元ネタが記憶に新しい2007年の事件なので、観ている間は同時代感はバリバリでしたね。なにせ現実の方の犯人市橋達也、整形以外にも調べたら本当に沖縄行ってたり、元建設会社勤務だったり、広瀬すずのレイプって…あー考えたくない。現実に近すぎてちょっと品性を疑いかけましたが、まあ秀作です。
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