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シン・ゴジラのsanbonのレビュー・感想・評価

シン・ゴジラ(2016年製作の映画)
4.5
「3.11」を超えていけ。

まず、この映画は単なる怪獣映画ではなく、有事における"安全保障"と"危機管理"をテーマにとりあげた「ポリティカルサスペンス」であり、その有事の対象がたまたま巨大不明生物「ゴジラ」であったという設定の、現代日本で未曾有の災害が突然発生した際の"対策マニュアル"的な作品となっている。

要するにこの映画、外面を特撮怪獣ものの雛型に装った、完全なる"お仕事ムービー"であったのだ。

漂流する小型船舶の発見と突然のアクアライン崩壊から物語は始まるのだが、続く巨大不明生物の出現から上陸までの日本政府の対処の仕方がめちゃくちゃリアル。

手続きや承認が邪魔して動かない政府。

避難一つとっても、こんな事態の災害マニュアルがないから避難指示できないままごたつき、拡大し続ける被害。

対処をしようにも、何処の誰が管轄していいのかすら分からずまごつく各省庁。

自衛隊を出動させるにも、憲法やら法律が足枷となり総理は決断できない。

こんな発想日本人でしか思い付かないでしょ。笑

そんなこんなで、なんとか起こした軍事行動に対し、最終「有害鳥獣駆除」という名目で手持ちの法律をこねくりまわし、うまいこと合法のお墨付きを与えていくのだが、ここまでのくだりが本当にコメディ映画を見ているような展開。

これを、その場の大半が壮年のおっさん集団がやるもんで思わず笑ってしまうのだが、これこそ今の日本が想定外のパニックに陥った際のリアルなんだろうなと感じさせるだけの信憑性をこの映画は演出として作り上げており、この取材力には本当に関心した。

演出といえば「シン・ゴジラ」は「エヴァンゲリオン」で世界的に有名な「庵野秀明」が総監督を務めている為、作中でもエヴァで見た事があるような電線越しのカットや、工場のパイプラインや無機物などがズラリと並ぶショットが頻繁に登場し、エヴァで使用されていた音楽もアレンジもなくそのまま流用され、場面転換がある度にお馴染み明朝体のテロップもひっきりなしに出てくるなど、類似点が多数存在する。

そういった面ではまるっきりエヴァンゲリオンなので、恐らくこれに関しては批判の声も多いのかとも思うが、作家がその作家らしい作品を作るのはごく当然の事だし、個人的に笑えるツッコミどころにはなっていたが基本的にはいい事だと思う。

明朝体テロップに至っては、今回役名が付いてる役者が総勢328名出演しており、画面に登場する度にその人名と肩書きがその都度表示されていくのだが、それ以外にも兵器名や地名、しまいには型番まで紹介されるので、画面には目まぐるしく文字が躍り続け、出るのはせいぜい1秒そこらでとてもじゃないが全てを目で追うのには無理がある程だ。

なるほど、というかはなから読ませる気がない。

覚えさせる気も読ませる気も無いのにわざわざ一人ひとりに役名を与えてまで出す高速テロップには、実はこの映画の伝える真のテーマがそこにはあるからだ。

もし、今回の人類VS.ゴジラをアメリカで作るとなっていたら、強烈なリーダーシップを持った主人公を筆頭に、小数精鋭のハイスペックな登場人物達が事態を解決へ導くヒロイックな映画になっていたに違いない。

ただ今回この映画、主人公らしき人物や主要なキャラクターはいるものの、決して単独で活躍する事はなく、そういった人物が特になにか画期的な事をする訳でもない、あくまで知恵と知恵を寄せ集め一つの塊として力を発揮する展開を終始徹底して描き、一人ひとりに名前はあるが、彼らは最後まで集団としてゴジラと対峙していく。

つまり「個」ではなく「組織」を徹底して描いており、そして「組織」であっても全員「主役」として表現しているのだ。

その名前自体には意味はなく、それぞれに名前がある事に意味を持たせ、日本の総合力、底力を高速テロップという手段で表現してみせた演出に拍手喝采だった。

そして、劇中でもやはり米国は首を突っ込んできて、最終的にはあまりに無慈悲な決断が下される訳だが、他国に頼る事でどれだけの国益を失うかを明確に描き、日本は日本だけで守らなくてはならない、日本人だけで守れなくなった時の絶望感をここまで正確に描ききった映画もあまりない。

シン・ゴジラは、本来国民を守るための憲法や法律が邪魔をして事態の収束の足枷になってしまう前半部分のプロットや、個ではなく集団としての戦いをテーマとしたストーリー、敗戦国で傘の下の存在であるがゆえの日本ならではの葛藤など、アメリカの映画業界人がこれを観たら間違いなくカルチャーショックを受ける作品となっている。

現時点で日本人の、日本にしか作れない、日本が世界に誇れるゴジラ映画はこれしかないであろう。

また、3.11後だからこそ意味がある日本がんばろうのメッセージを強く感じる大作でもあった。
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