COZY922

母と暮せばのCOZY922のレビュー・感想・評価

母と暮せば(2015年製作の映画)
3.6
開始早々の原爆投下の場面。大学で講義を受けていた主人公浩二のインク瓶。あの映像だけで、一瞬にしてすべてが原爆の破壊力の前に崩れ散り, 熱に溶け, 虚無のものと化してしまったことが伝わってきた。何かを考える間もなく、「ああ死ぬんだ、、」という意識さえも持つこと無く あっけなく奪われた命。もっと直接的でもっと悲惨で壮絶な戦場を描いた映画も観たことがあるのに、なぜだろう、このシーンで胸が焼き切られるような苦しさを覚えた。戦場や防空壕ではなく大学の教室という場面からの死は喪失感を煽るのに充分過ぎるものだった。

戦争映画には珍しいファンタジーに一抹の不安を抱きつつ鑑賞。息子の幽霊というファンタジー設定を通じて映し出された、残された人達のやり切れない思いや心にぽっかりとできてしまった空洞、沸々とした憤りや哀しみ、その後の選択や葛藤など、静かなる激情に涙した。

このファンタジー設定は賛否両論だと思うし、受け入れ難いという意見もわかる。けれど私は、たとえ幽霊でも一目会いたいと思う気持ちや、亡くなった人の無念、その人を思うが故の葛藤などに、戦場を直接描写した戦争映画とは別の角度からの戦争の爪痕や悲惨さを強く感じた。卵焼き、メンデルスゾーン、生きていたら息子と結婚していたはずの女性・・息子がここにいさえすれば幸福感をもたらすはずのものや人のすべてが喪失感に繋がる苦しさ。。

一番響いた言葉。「地震や津波など自然災害で死ぬのは運命かもしれないけれど原爆は人間の手でやったのだから運命ではない。」わかっていても、この台詞にあらためてガーンときた。原爆や戦争は人災。避けられたかもしれない悲劇。そのことを強く刻み付けられた人が少なからずいるという時点で本作は意味を成し得たと思う。

「硫黄島からの手紙」でも思ったけど、大物俳優相手にニノが頑張っていた。「硫黄島・・」に比べるとちょっと舞台っぽい演技だったけど、設定とか時代背景を考えるとあれぐらいでいいのかも。