夏来

恋人たちの夏来のレビュー・感想・評価

恋人たち(2015年製作の映画)
5.0
「役が抜けないってのは、自分が下手ですって言ってるようなもんだ。カットの声がかかったらすっと自分に戻って、涼しい顔でお疲れさま、これができなきゃ俳優じゃないよ。だって、次の舞台では別人にならなくちゃいけないんだから。」
いつか読んだインタビューで、ベテラン舞台俳優の口からそんなことが語られていて、プロフェッショナルってのはそうじゃなくっちゃいけないのかなあ、凄いなあ、なんて思ったりしたものですが、この映画の主演篠原篤さんはこう語っています。
「撮影が終わってからずっと使い物にならなくて、直後は二か月くらい部屋に閉じこもったままでした。」
おそらくこれは、職業俳優としては、良いことではないのでしょう。しかし、そうした拙さ、懸命さこそ、間違いなくこの映画に無二の煌めきを与えた大きな要因でした。

橋口監督はこの映画を撮影するにあたって、演劇ワークショップを開き、意図的にほぼ無名の三名を主役に据えたそうです。「アマチュアに近い俳優たちが、それぞれの限界を超えるものでなければ、彼らの未来につながるものになりません。」映画を観終わって、パンフレットのこの一文を読んだとき、ああ、この映画がこんなにも救いに満ちているのは、監督のこの優しさゆえなんだな、と、体の中心がジワリと温まるような思いがしました。この、監督の親心を受けて、期待通り限界を超えた主演三名のひりひりするような演技は、衝撃的ともいえるものです。

最後半に、主人公が博多弁で独白するシーンがありますが、それこそ「恋人たち」についての独白なのですが、そのシーンがあまりにも魅力的で、胸に詰まりました。印象的とかそういう言葉で片付けられないほど突き刺さりました。変な話ですが、羨ましいとすら思った。そこまで想われること、想うことを。

恋人を殺された男、恋した人に裏切られた男、夢物語にすがろうとした女。小狡くみっともなくも、懸命に愛そうともがく三人は、醜く愛おしくて、終始心がひっかきまわされました。
日常に転がる、死にたくなるような絶望の中でも、空は青くて、優しい人はいて、思わず笑っちゃうことだってあって、死にきれない。なんとか生きていく。
「笑うのはいいんだよ。腹いっぱい食べて笑ったら、人間なんとかなるからさ。」

こんなの、泣くしかないじゃない。

余談ですが、映画界において煙草と言えば、ハードボイルド、アウトローを演出する小道具なので、ここまで喫煙を醜くみっともないものとして切り取った映画って珍しい気がします。