小一郎

独裁者と小さな孫の小一郎のレビュー・感想・評価

独裁者と小さな孫(2014年製作の映画)
4.0
架空の国の独裁者がクーデターにあい、孫と一緒に逃げる。この作品は、イランのモフセン・マフマルバフ監督について知らないとその真価がわからない。映画初心者の自分にとって難易度高めだ。なので、理解のために、ちょっとネットで調べて、まとめてみた。

自国イランの検閲に抗議し、ヨーロッパで亡命生活をしているマフマルバフ監督は、<幾度か暗殺されそうになる危険を乗り越えて、数年ぶりの長編劇映画を完成させた>(ぴあ)そうだ。

<9年前にタリバンに制圧されたアフガニスタンの惨状を目にしたことが、本作製作のきっかけ>(映画.com)で、舞台を架空の国としたのは、<ひとつの国のひとつの問題ではなく、どこの国でもありえる物語として撮りたかった>(映画.com)からだという。

<問いかけ続けたいのは『なぜ、独裁者が生まれてくるのか?』ということ>(この段落の引用はぴあ)だ。<独裁者がいる国で革命が起きても、また独裁者が生まれてしまうのはなぜなのか? が問題>という。監督によれば悪いのは国民。<独裁者と国民と反政府の三角を思い描いてみてください。日ごろ、独裁者に喝采をおくり、もちあげているのは国民です。でもある時に反政府が動いて独裁者を倒すと、国民は即座に反政府と同じように暴力をふるいます。反政府の人々は必ず『独裁者を捕まえて拷問しよう。なぜなら、自分たちが独裁者から拷問されたから』と言います。私たちの国の詩にこういうものがあります。“権力者の顔を見ると、その国の国民の顔が見える”>。<リビアではカダフィが倒されましたが、あの国ではまだ平和が訪れていません。カダフィを殺した後に、次は民衆たちで殺しあったからです>。

ここまでくると監督がこの映画に何を込めたかったのかがよくわかる。<憎しみが憎しみを生む構図を断ち切るべきだ、という強いメッセージ>(産経新聞)なのだ。こういうことを理解せず鑑賞したため、最後の方のシーンは「何かリアリティがないなぁ」などと思ってしまった。

最後のセリフもちょっと謎だったけど、これは監督の次のコメントでよく理解できた。<現代の文明社会では競争に勝ち抜かねばならないという意識が強く、ストレスや不安を感じる人がものすごく増えている。多くの人は負け犬のように生きざるをえないが、だからといって、銃で世界を救うことは絶対にできない。では、何があるかと言ったら、それは文化と芸術です。芸術は世の中に変化を起こすことができる。私は、少しでも人々の生き方を変えられなかったら芸術を捨てるべきだと思っています>(産経新聞)。

ということで、調べて理解すると、とても良い映画ではないかと思う次第でした。こういう鑑賞もアリとということで。