おなべ

アリスのままでのおなべのレビュー・感想・評価

アリスのままで(2014年製作の映画)
3.7
今まで生きてきた人生の思い出や記憶を忘れていく事がどれほど辛いか…想像を絶する苦しみである。不治の病である若年性アルツハイマーと闘った1人の女性と彼女を取り巻く家族や友人達に焦点を当てながら、記憶が薄れてゆく中で、主人公にとって何が苦痛で何が心の拠り所であるのか、また生きる原動力とは何なのかを鋭利かつ現実的に描いている。

アカデミー主演女優賞に輝いた《ジュリアン・ムーア》は今作の受賞を数え、世界三大映画祭における主演女優賞を史上初で制覇した。その名に相応しい抜群の演技で、アルツハイマーで徐々に弱っていく難しい役を見事に演じている。その背景には実際に多くの若年性アルツハイマーの女性たちを訪ね、それぞれの経験を元に主人公像を確立しながら役作りに臨んだという努力があった。本作ではそんな彼女の素晴らしい演技が最大の魅力である。

監督は故《リチャード・グラッツァー》監督で、彼も同様にALSという病気を患いながら本作の制作に臨んだ。監督も同様にALSと闘いながら、メールやメカニカル音声でやり取りを行い本作を完成させた。この物語には監督の作品に込められた想いが沢山詰まっており、最大の見どころでもある“スピーチ”のシーンでは監督自身が体験した事を織り交ぜながら病と闘う人々の心情をリアルに綴っている。


【以下ネタバレ含む】


●物語中盤に薬を飲んで自決を覚悟するまで追い込まれていた事が分かる。即ちそれ程に彼女にとって大切な人を忘れるという事は死に等しい苦しみであるという事。ラストシーン、徐々に真っ白になってゆく画面。それは次第に記憶が無くなり、最後には何もかもを忘れてしまった事を表現している。そんな現実を突き付けられるような不条理なラストに何とも形容し難い複雑な気持ちになった。しかし、娘や子供たちが最後まで寄り添い支え続けた事で少しでも彼女の心は満たされていたと思うと少しだけ救われた気がする。
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