くわまんG

人生はローリングストーンのくわまんGのレビュー・感想・評価

人生はローリングストーン(2015年製作の映画)
5.0
「ひとは簡単には変われない。俺にはまだ弱い部分が残ってる。そいつに主導権を握られないよう、今でも抵抗してる。……わかるか?」

みどころ:
丁寧で平易な極上の会話劇
知らぬ間に緊張感が高まる演出
ダメ男に優しいS.マルクマスの楽曲
吹き替えの素晴らしい意訳
主演二人の繊細な演技
絶妙な邦題

あらすじ:
長編小説が当たって一躍時の人となった新鋭作家ウォレス(34)。今やヘミングウェイが比較対象。一方でヘロイン中毒の黒い噂も。
これに飛びついたのは大手雑誌記者リプスキー(30)。記者は食い扶持で実は作家。ウォレスの才能を認めながらも嫉妬を禁じ得ない。
5日間の密着取材をゲットしたリプスキー「僕にはあんな作品書けませんよ、貴方は天才だ(=売れっ子め、おだてて丸裸にひん剥いてやる)!」。
隠者生活のくせに取材は受けたウォレス「君はインタビューが上手いんだねぇ、おまけに男前だ(=小説はつまんねえんだろうがな、雑魚め)!」。
二人の行く末やいかに……!?

客観的指標で誰かに勝ってないと、自分に価値を見出せない。それが当然だと思っていた時期が、恥ずかしながら自分にもあった。あの頃は独りよがりで、他人を見下すことでしか満足感を得られなかった。

「あいつは成績いいだけのガリ勉。その点俺は趣味や娯楽等にも造詣が深い。」
「あいつは汚いことをして稼いでいる。その点俺の仕事は社会的地位が高い。」
「あいつは結婚したけど経験人数一人。その点俺は色んな女抱きまくってる。」
「あいつはいいヤツだけど出自がグレー。その点俺の家は得体の知れた良家。」
「あいつはNo.1だけど浮いてる。その点俺はバランス感覚も備えたエリート。」
という具合に。

他者と話すときは、まず自分の中でマウントを取ってから。分析し、採点し、攻略しようとした。

その致命的な愚かさに気づき始めたのは、欲しいものが一つも手に入らず焦り始めた30歳の冬。目の前にはいつの間にか脱線した人生があり、内省せざるを得なくなった。

さて、リプスキーにとってウォレスは格上作家。でも自分の方がコミュ力あるしモテる。他方、ウォレスにとってリプスキーは三下。でも自分よりイケててモテるのが気に入らない。

リプ「誰が何と言おうと、貴方はスターじゃないですか(フンッ、コミュ障だけどな)♪」
ウォ「いやいや、僕は君みたく二足も草鞋を履けないよ(フンッ、わきまえろよ俗物)♪」

台詞上の距離に反比例して、心は離れるばかり。溜まりに溜まった互いへのフラストレーションは最終的に爆発し、二人は激突します。仁義なき「言っとくけど間違ってんのはお前!」の言い合い、すなわち泥仕合。

やっぱり男は女より、対(等な立場でする会)話がへたくそな生物なのかな。5歳児でさえ「(他人ができた何かしらの技能はできないけど)僕なんかこんなことできる!」とマウントを取りにくるんだから、修正されないまま25年も経過したら、腹を割るのが至難になるのは自明かもしれない。

しかしクライマックス、ウォレスは自ら胸襟を開く。思うに、そうすることができた所以は、いわゆる一日の長だったのかなと。最も辛かった30歳時の己と目の前のリプスキーが重なり、その苦しみが手に取るようにわかったので、手を差し伸べずにおれなかったのかなと。

プライドを捨て、自身とリプスキーが似た者同士であることを認め、自分の最も惨めな部分をさらけ出す(冒頭で引用した台詞)ことによって歩み寄ったウォレス。その表情は、「わかるよ。わかってる。お前がいかに辛い思いをしているか。」と語りかけていた。この狭くて超深い同情でなければ、リプスキーの心は救えなかった。

そうして腹を割ってから終幕までは、夜明けの晴れ渡った雪原のように、静かで優しい15分。ネタにならない部屋のレポート、いっこうにお座りしない犬、神様と踊るディスコ…全てがこの上なくあたたかだった。

取材の約10年後、46歳の若さで自死してしまったウォレス。その心の最深部は、リプスキーだけが知っている。だから彼は決めた、ウォレスの語り部になろうと。

長く深く傷ついて、もう先が真っ暗に見えて、息苦しくて仕方ない人の「誰もわかってくれない…」に、そっと寄り添う傑作。最後に、噛み直すたび目頭が熱くなるリプスキーの台詞をご紹介して、乱文を締めたいと思う。

「出来るなら彼に伝えたい、あの旅が人生の辛さを教えてくれたと。そして、それを共感することで……私は、孤独を感じなくなった。」