開明獣

みかんの丘の開明獣のレビュー・感想・評価

みかんの丘(2013年製作の映画)
5.0
陽のあまり射さぬ斜面で蜜柑を造り続けている男がいる。男の名はマルゴス。同じくエストニアから移住してきた老友、イヴォは収穫した蜜柑を箱詰めする木箱を作ってマルゴスを助けている。

旧ソ連邦から独立したグルジア(現ジョージア)とアブハジアの間に戦争が始まり、家族も隣人もエストニアに疎開したのに、イヴォはその地に留まっている。「大好きで、大嫌いな」その土地に。悲しみも喜びも、様々な想いが詰まった地からは誰しも離れがたい。

紛争の地と化したイヴォの村でも戦闘が起こる。凄惨な殺し合いの後で、負傷しながらも生き残ったチェチェン人とグルジア人の兵士を助けたイヴォとマルゴス。

平凡な日常は、戦争という理不尽で不条理な暴力のもとではいとも簡単に壊されていく。宗教の違い、民族の違い、言葉の違い、見た目では殆ど区別のつかない人間同士が憎しみあい、殺し合う。

イヴォは怒りを激しくは表さない。祈ることもない。涙を見せることもない。だが、その静かなる胸の内には、人間の尊厳というもっとも大事なものがしまってある。その憂いと悲しみに満ちた深い瞳と眼差しには、希望と絶望の相克する感情がないまぜになっているようだ。

静かにフィドルがグルジアのフォークロアをコンティヌオで奏でている。鎮魂の祈りを込めて、今もまだ、エストニアから来た老人は蜜柑箱を作り続けているに違いない。
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