朱音

ノック・ノックの朱音のネタバレレビュー・内容・結末

ノック・ノック(2015年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

キアヌ・リーヴス演じるエヴァンは愛妻家で子煩悩な、いわゆる善良な市民である。妻は芸術家として認められていて、自身も建築家として仕事に勤しみ、お金もあって、若い頃にはDJをやっていて、音楽へのこだわりは人一倍、センスに溢れた幸せなライフ・スタイルを送っている。

親切で人当たりも良く、彼と少し会話をしたら、ああきっと彼はイイ奴なんだろうな、と普通にそう感じることだろう。
おまけにルックスも良い。

きっとこういう人は無自覚にそうなんだろうが、傍から見ると非常にいけ好かない人間、と思わないこともない。
嫌味なほどに家中に飾られた家族写真、観ているこちらの顔が引き攣ってしまいそう、なんて事を思ったり、思わなかったり…。(少なくともイーライ・ロス監督は思ってそう)

誰にでも魔がさすという事はあるし、若くて魅力的な異性を前にいい恰好してみたいし、モテたいし、何なら火遊びだってしてみたい。もちろん妻や子供を愛しているし、そんなこと実際にはやらない。
だがそんなエヴァンも最後の最後、ギリギリのところで快楽には抗えず、結局女たちの誘惑を受け入れてしまう。
ヤッてしまったが最期、たとえ僅かな時間であっても、彼は愛する妻と子を裏切ってしまったのだ。善良であったはずの彼がたったひと晩の内に一線を踏み越え、欲望の赴くままにふしだらで不貞な行いをしたのだ。

これを欺瞞と誹るのはいささか理不尽にも思う。よほどの高潔な人間でもなければあの状況でふらっと心が揺れてしまうのも分からないでもない。

だが彼女たちはそこを執拗に責める、善良で家族思いの彼のうわべの皮を引っ剥がし、彼が築き上げてきたものを悉く破壊し、彼の夢も、理想も、矜持もすべて悪辣のもとに汚し、蹂躙し尽す。そして問う、自分は何者なのか、自分のした行いがどういう意味を持つのか。

ここからは私の勝手な考察だが、ひょっとしたら理不尽極まりない彼女たちの行いは、彼自身の合わせ鏡のようなものなのかもしれない。
ひょっとしたら昔DJをやっていたが、音楽で食っていくことが出来なかった彼は、妻の才能に嫉妬しているのかもしれない。
ひょっとしたら彼は放埓で淫蕩な、刺激のある生活がしたかったのかもしれないし、自分の娘とファックしたかったのかもしれないし、家族団欒なんてクソ食らえだったのかもしれない。
ひょっとしたら彼は自分よりも妻の才能を理解しているルイスをぶっ殺してやりたかったのかもしれないし、自分を知る周囲の人間すべてにぶちまけたかったのかもしれない。

なんて事を想像してみてはゾゾゾと寒気がしてくるような、そういう得体の知れなさがこの映画に感じられた。
今までのイーライ・ロス監督作品でおなじみのゴア・グロテスク表現は本作ではなりを潜め、代わりに男の矜持といった内面を執拗なまでに痛めつけてくる新境地だと私は思う。とても興味深くて面白かった。

ラストカットが抜群のキレ味。

スタイリッシュなアクション・ヒーローのイメージが強いキアヌ・リーヴスが徹底してサンドバッグにされているのが、ちょっとだけ笑えもするが、好演だし、こういった役に挑むチャレンジングな精神も称賛したい。

ジェネシスとベルの小悪魔コンビを演じたロレンツァ・イッツォ、アナ・デ・アルマスはありがちなサイコ感を一切排した、自然体のティーンネイジ感、ガールズ感がとても良く、恐ろしくもあり、キュートでエロティック、始めは恐縮していた彼女らが次第に図々しく横柄になり、最後は支配的になっていく過程も細かく、リアリティがあって素晴らしかった。
朱音

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