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スター・ウォーズ/最後のジェダイのrollinのネタバレレビュー・内容・結末

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このレビューはネタバレを含みます

スターウォーズが始まった瞬間には立ち会えなかったけど、スターウォーズが終わる瞬間には立ち会えた。(シスの復讐とは別の意味で)

他のファンの方々と同じように、自分にとってもスターウォーズはとても大切な映画やし、これからもそれは変わりまへん。
しかしFF2に於いてブラックシリーズのラインナップが発表された時点で、何ひとつ欲しいフィギュアが無かったことから、実はかなりイヤな予感がしていました。

マーク・ハミルとキャリー・フィッシャーのスクリーン上での再会、ANHのレイアのホログラム、オリジナルの質感が再現され、プリークエルに於ける自らの失敗までも総括したヨーダの台詞、ヨーダに叱られ若き日のルークに戻ったかのようなマーク・ハミルのかわいい演技、ハン・ソロのスピンオフに絡んで来るであろうサイコロの描写、スノークの間での大立ち回り等、新たな名場面が刻まれたことに異論はありません。

ただ全体を通した画のダサさ、前作にあったキャラクターの魅力の消滅、テンポの悪さ、フィンと天童よしみがコード破りを見つけるために訪れたカント・バイトの異常なまでの地球感、そしてこの二人とベニチオ・デル・トロ演じるDJ(ボバ・フェットじゃなかった囧)を含めた三人のパートは丸々要らんくらい作品の質を著しく低下させているし、アクバー提督の花道さえ蔑ろにしたことを筆頭に、この“分かってない”感&“新しいことをやったった!”という勘違いで構成された殆ど内容の無い本作に至っては、正直自分が観たものがスターウォーズであるという現実を受け入れることが困難で、とても勇気がいることでした。

フォースの覚醒ではそれほど目敏く感じなかったけど、“遠い昔、はるかかなたの銀河系”に、天の川銀河系の地球的、表層的なフェミニズムや人種的マイノリティの問題を投影し、さらにそれを賞賛する人々がいることに恐怖を感じる。彼らはスターウォーズの何を観てきたんやろう?裏方から演者まで、シリーズ当初からスターウォーズは差別的な隔たりを超えてやってきたじゃない!
結果、バカげたアイデアのお陰で、シリーズの魅力だったエイリアンやクリーチャー(本作のふざけた動物たちではない)は悉く排斥され、人間至上主義が銀河を支配してしまったのです。

本作はテーマも無茶苦茶で、血筋の否定とジェダイの否定とを混同したかと思えば、最終的にまたジェダイを肯定するという、ブレにブレまくった仕様。つまりは都合良くルークだけを退場させたいがためのおクソ設定なのでがんす。
名も無き者が選ばれし者になり、その崇高な技と精神が引き継がれていく。スターウォーズはフォースを指標とした貴種流離譚であり、騎士道なんや。我々の誰かはジェダイになれるかもしらん。でも真の英雄と並のジェダイの間には、神話的な隔たりが必要なんや。ジェダイはともかく、君もヒーローになれる!なんてバカバカしいゆとり教育の運動会みたいなテーマはスピンオフかナンバリングを廃した新シリーズでやれ!
ジェダイは滅びる?だからそんなもん53年前にとっくに滅んでますやん!断絶の物語はオリジナルトリロジーでもうやってますよ?

他にも宇宙空間に放出されたレイアの帰還、オク=トーの地底でレイちゃんが分身してマトリックスみたいにズラッと並ぶシーン、カイロ・レンとレイちゃんのシンクロ&テレパシー、海底に沈んだXウィングを浮かべずに分身の術でクレイトに現れるルークと、とってつけたように元夢見る農民を照らす二重太陽等、意欲的なのはもちろん良いことやけど、その全てがダサくて、何故こんなことになってしまったのか意味が分からんのです。新しいことへの挑戦と何でもアリは根本的に違うでしょ。

時間稼ぎだとしてもルークはカイロ・レンのライトセイバーをあんな風に避ける必要無いし(ここも何故かマトリックス)、フォースでライトセイバーの光刃まで出すなんて、オビ=ワンの閃きを完全に蔑ろにしてる。ただのファンネルやん。
ヨーダをあんな風に出すなら、アナキンを呼び出し、ベン・ソロを説得して二部作で終了で良くないですか?(そもそもEP6でアナキンたちの霊体が現れている時点で、ベイダーに憧れて闇落ちするというプロットには無理があった。)
レジスタンスを壊滅させてしまったらカント・バイトのセレブたちは困らへんの??
ずっと登場を待ち焦がれてるレン騎士団は都市伝説化してしまったし、ローグ・ワンで味を占めたのか、命を懸けて特攻するくだりを何回やれば気が済むんや。ハイパースペースの仕組みとかどうでもいいんやろうね。

そもそも脚本が完全に破綻しているし、神話学に裏打ちされたバックボーンも無ければストーリー・テリングの手腕など皆無に等しい。登場人物たちは無意味に孤立し、群像劇(仮)化したことでそれぞれの物語は希薄になり、怒りのデスロード等の当たり映画から拝借したであろうFOとレジスタンスの宇宙空間の追走劇を主軸としたことで、文字通り地に足が着いてへんのです。作戦が失敗するのは、“失敗する”というアクションやから全然アリですよ。ただ予想を裏切るならそれに代わる素晴らしいアイデアで観客を安心させるべきでしょう?
何故か前作より精神年齢を下げられたポーのキャラクター育成は駄目ロンに終わったし、フィンやレイもただのバカ。ハン・ソロやオビ=ワンの不在、シニカルな視点の欠落は大問題やね。今のままじゃただの天然キャラ地獄。

新三部作をやる上で最も重要なキャラクターはスノークであり、アフターマスでその出自は何となく説明されていたものの、その存在意義に相当の説得力がない限り、正直新シリーズをやる意味は無いと思っていました。そしてルーカスが製作に携わっていないスターウォーズ。元も子もないことを言うと、やはりスターウォーズはジョージ・ルーカスによって語られるべきスカイウォーカー一族の物語で、神話なのでがんす。僕の知る限り、これはスターウォーズでもスペースオペラでもなく、ファンを暗黒面に突き落とすシス生産映画でした。

あまりに乱暴、乱雑なルークとスノークの退場は、僕みたいにひねくれたファンはもう観なくていいよ☆というミッキーからのメッセージなのでしょう。自分の中のスターウォーズとは、見事に今作が切り捨てた要素に他ならんし、仮に今作が何か新しいことを成し遂げたとして、それはもうスターウォーズではないただの二次創作。
製作陣の足並みが揃っていないことも異常やし、大人たちが物語を描く責任を果たそうとしていない。まさかガンダムシリーズの方がマシやと思う日が来るとは。
ディズニーのためのスターウォーズは最早語られる必要すらないように感じるし、本当に悔しくて涙が出て来る。鑑賞前はまさか本作が最後のジェダイではなく、最後のスターウォーズになるなんて思いもしなかった。自由は万雷の拍手の中で死にました。

スターウォーズは商業主義の王様でいいんですよ!本来ディズニーに買収されたことはシリーズにとって最高に喜ばしいことやし、むしろ魅力的なキャラにはいくらでもお金を遣いたい!ただやるならスターウォーズの世界観に相応しいキャラクターを創造し、伝統を破壊するのではなく更新して欲しいんです!

スターウォーズを本当に愛しているなら、今こそレジスタンスとしてNOと声を上げるべきやと心から思う。たとえそれがあの黒くて丸い大きな耳には届かないとしても。

故ジョーゼフ・キャンベル先生が今のスターウォーズを観たら何と言うだろう。
そしてこの映画を観た子供たちは、僕らの時と同じように、はるかかなたの銀河系に夢を馳せることが出来るんやろか。


ソフト発売後追記ーーーー

本作に否定的な観客を古参ファンと決めつけ、ツイートのみで乱暴な統計を取る不誠実な姿勢。監督自身の人間性を疑うような暴言など、現体制はかなり問題がある。
この映画が駄目なのは、スターウォーズとしてあるべき理想形の前に、映画としてあまりにお粗末な出来だからなんだよ。
BDの特典ディスクに自分の顔をプリントして悦に浸ってる場合じゃない。あなたが妄想したルーク(仮)のように、失敗は失敗と受け止めて、お互い前に進もうじゃないか。
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