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美女と野獣のnetfilmsのレビュー・感想・評価

美女と野獣(2017年製作の映画)
3.8
 大嵐の日、宮殿に1人の老婆アガット(ハティ・モラハン)が現れ、雨宿りをさせてくれないかと懇願する。しかし宮殿の主である王子(ダン・スティーヴンス)はその誘いを断る。老婆はやがて魔女へ変わり、傲慢で若い王子の姿に怒り心頭の女は城に魔法をかけ、かっこいい王子の姿を醜い野獣に変え、しもべたちを家財道具に変えてしまった。彼らを元に戻す条件はただ一つ、王子が女性を心から愛し、愛されること。それを赤いバラの花びらが散り行くまでに実行出来なければ、永遠に野獣のまま。この物語の前提となる骨子はフランスの御伽噺として知られるオリジナル版よりも、91年のアニメ版『美女と野獣』の21世紀的アップデートと云っていい。老婆は人を見かけで判断すれば、心の奥底の真実が見えなくなってしまうと云う警告として、王子を野獣に変えるのである。ジャン・コクトーの1946年版や、明らかにコクトー版へリスペクトを捧げたレア・セドゥ主演の2014年版に登場した大家族の光景は出て来ない。コクトー版では船乗りだった父親は発明家へと変わり、娘と一緒にひたすら内に内に籠るキャラクターとして登場する。ディズニー版では、オリジナル版にあった地元の名士の没落とは一線を画し、閉鎖的な村社会のコミュニティの中で協調関係を築けない親子の姿を浮き彫りにする。

 『シカゴ』や『ドリームガールズ』を手掛けた監督であるビル・コンドンの手腕は最初からミュージカル色全開である。役者たちの台詞は歌声に変わり、スクリーンに出て来る群衆たちは『ラ・ラ・ランド』のように振る舞う。教会、服屋、酒場など様々な店が密集する小さなコミュニティでは、ガストン(ルーク・エヴァンス)が村の女たちの視線を一手に集めている。彼と彼のしもべであるル・フウ(ジョシュ・ギャッド)との関係性は、西部劇で云うところの懸賞首と伝記作家の関係性に似ている。導入部分で村人たちのキャラクターと登場人物を一通り明らかにした後、ようやく今作のヒロインであるベル(エマ・ワトソン)が現れる。女は人馴れせず、本を読むことで常に「ここではないどこか」への強い憧れを抱いている。彼女にとっては本を読むことだけがまだ知らない世界に触れる旅になる。幼い頃に母親を亡くし、発明家の父親に育てられたベルは、父モーリス(ケヴィン・クライン)の影響を受けながら、「風変わりな女」としての自分のイメージを受け入れられない。父親が帰路への道を迷い、勝手にバラの花を摘んだことが原因で、野獣の逆鱗に触れる展開はオリジナル版とも同じ展開を見せるが、最愛の父親の命と引き換えに、自分が犠牲になることを厭わなかったオリジナル版のヒロインに対し、今作ではむしろ彼女自身が積極的に父親救出へと動くアクションが一際印象的に映る。今作のヒロインであるベルはディズニー映画史上、王子の求愛を待つような受け身ではなく、勇気と行動力で自発的に動く21世紀的なプリンセス像を浮かび上がらせる。

 前半部分の一番の見せ場である丘の上に駆け上がるベルの場面は、ロバート・ワイズの『サウンド・オブ・ミュージック』のマリア(ジュリー・アンドリュース)の名場面に呼応する圧倒的な演出である。さり気なくかつてのミュージカル映画へのオマージュを随所に交えながら、アニメ版で一際目を奪われたボールルームでのダンスの場面をどうフレーム処理するのかと想像していたら、アニメ版と甲乙付け難い圧倒的なカメラワークとフレーム処理に心底やられた 笑。失意の中、大好きだったダンスやステップすらも忘れた野獣は王子だった頃の輝きを徐々に取り戻す。人と違っていることにアイデンティティを見出し、自分らしく生きるヒロインの姿に、人と違っている自分をただひたすらに嫌悪し、生きて来た野獣の心は少しずつ氷解して行く。億万長者の息子として、ワガママに育てられて来た王子(野獣)はベルに出会うことで、自分の生き方を悔い改める。オリジナル版にはなかった付帯条件として、野獣の教養と知性が立ち現れるのは多分に21世紀的である。野獣は『ロミオとジュリエット』が一番好きだと語るベルの言葉に半ば呆れつつも、『アーサー王物語』への見解で互いを理解し合う。知識階級だった野獣に対し、恋敵となるガストンはシェークスピアも『アーサー王物語』も知る由もない。ただ人と違う養子に成り果てた野獣の姿を見て、ガストンの取る行動は極めて排外主義的で、某国大統領のようなポピュリズムを直感的に風刺するプロパガンダにも成り得る。後半の家財道具の反乱場面は、時期的に健全なディズニー映画を徹底的に揶揄した『ソーセージ・パーティ』への毒気を抜かれた優等生的な返答に思えてならない。21世紀的なヒロインを演じたエマ・ワトソンの姿に酔いしれる2017年版にアップデートされた『美女と野獣』の誕生である。
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