ヒナタカ

スティーブ・ジョブズのヒナタカのレビュー・感想・評価

スティーブ・ジョブズ(2015年製作の映画)
3.6
まず言っておくと、本作に「ジョブズの一生を追う」という「伝記もの」を期待すると確実に裏切られます。
本作で描かれるのは、ジョブズの人生のほんの一側面、それもほぼ友情と家族の問題のみなのですから。

そう聞くと「2時間という制約だからしかたがないよね」と思うかもしれませんが、その認識もまだ甘いです。
本作の冒頭では「Macintoshが発表されるまでの40分間の舞台裏」が描かれるのですが、そこでリアルタイムで40分の時間を使うのです。

正確には映画内で経過する時間(発表会が始まるまで)は約1時間半程度なのですが、会話の密度を考えれば、映画内の時間の流れ=実際の時間の流れと考えてさしつかえないでしょう。

「ええ?2時間の映画なのにオープニングだけで40分も使っちゃったよ!大丈夫なの?」と思っていたら、その後に描くのもこれまた発表会の舞台裏で、その9割が会話劇です。
ていうか、スティーブ・ジョブズの周りの人間ドラマを3つの発表会の舞台裏だけで描くというとんでもない映画なんですよ。

舞台裏(40分)+舞台裏(40分)+舞台裏(40分)=映画すべての時間(120分)なんですよ!
こんな映画、いままであったでしょうか(たぶんない)。


ついでに言うと、本作のスティーブ・ジョブズはわりとクズ野郎として描かれています。
伝記などで彼の人格の破綻っぷりを知っている方は多いでしょうが、今回は家族に対してのクズっぷりが酷いことになっているので、人によってはめっちゃ嫌悪感を覚えるでしょう。

この時点でとっても人を選ぶ作品であることをわかっていただけたでしょうか(わかってほしい)。
この印象が何に似ているか、と振り返れば『ソーシャル・ネットワーク』でした。
(1)主人公がコンピューター業界で億万長者に
(2)主人公が成功のためなら他人を犠牲にしまくりのクズ
(3)めっちゃしゃべりまくる
と、ものごっそい共通点が多いのです。

それもそのはず、両者とも脚本家が同じ(アーロン・ソーキン)なのですから。
『ソーシャル・ネットワーク』は世界中で絶賛された秀作ながら、ひどく人を選ぶ映画。こちらが合わなかった方は、今回もダメなのかもしれません。


とはいえ、作品としてのバランスが悪いということは決してありません。
むしろ、主題をピンポイントに絞ることで、ジョブズという人間の内面を丹念に描き出した秀作と言えます。

そのピンポイントの対象というのが、ジョブズの転機となった3度の発表会の舞台裏です。
そこに独自取材の情報も盛り込んだ会話劇を創作することで、ジョブズという人間を表現する、という大胆な作品なのです。

「発表会の舞台裏だけでジョブズのことがわかるの?」と疑問に思うところですが、わかるんですよ。すごいんですよ、この脚本!
ジョブズのことを知らなくても、彼の生い立ちなどの情報は自然とわかるように工夫されているし、ちょっとした言葉の「あや」からはさまざまな人間模様が思い浮かびます。

これこそ、映画ならではのおもしろさなのではないでしょうか。
ナレーションや説明がなくても、その人となりがわかるのです。

もちろん役者の演技も突出しており、マイケル・ファスベンダーからにじみ出る「イヤな奴」オーラ、ジョブズを献身的に支えつつも複雑な思いを抱えている女性を演じたケイト・ウィンスレットの「凄み」だけでも観る価値は存分にあります。

あ、あとジョブズの娘がめっちゃかわいい(←これ重要)
娘はお父さん好き好きオーラを振りまくのではなく、5歳とは思えない利発さでお父さんを追い詰めます(笑)。
彼女を演じたマッケンジー・モスちゃんはこれからもっと活躍していくんじゃないでしょうか。


人間関係はわかりやすく描写されていますし、作中の用語を知らなくても映画は楽しめるでしょう。
本作で描かれるのはコンピューターの技術などではなく、複雑な人間模様であり、ドラマなのですから。

そんなわけで、その特殊な作風のため観る人を選びますが、『ソーシャルネットワーク』が気に入った方、会話劇から成る人間ドラマを好む方には大プッシュでオススメできます。

ネタバレはこちらで↓
http://kagehinata64.blog71.fc2.com/blog-entry-1044.html
ヒナタカ

ヒナタカ