まりぃくりすてぃ

エンドレス・ポエトリーのまりぃくりすてぃのレビュー・感想・評価

エンドレス・ポエトリー(2016年製作の映画)
4.9
これぞ、今年の最重要作!!

『マジカル・ミステリー・ツアー』(1967年)の歴史的二大名場面───太った婦人の皿に給仕役レノンが大量の食べ物を盛るところと、セイウチのところ───を全編にわたって彷彿させるこの『エンドレス・ポエトリー』は、最高テンションの冗談と工夫で完全に押し通されてて、並みの俳優たちだったら(たぶん)笑っちゃってNGの連続だっただろうね。
いや、冗談だなんて言えませんよ。地球上に、これほど真面目な新作映画はほかにない。きっと。
サーカスの円舞台から主人公が「笑え!」と叱咤してくれた時に滲んだ私の涙は、直後の全裸胴上げで堰を切った!

べつに、唐突にでもなく言うんだけど────
「いかに生きるべきか」と「いかに愛するべきか」を学ぶためにこそ、映画はある。私は最近そう気づき始めてる。

そして題は、“終わらない詩”? そもそも、詩は簡単に終わっていいものじゃぁない。
詩は人間存在のすべてだ。誰しも“詩を”生きなければいけない。
もちろん、小手先の言葉遊びが詩なのじゃない。映画文化が単なる娯楽やキャメラ技芸じゃないのと同じく。
人の魂を揺さぶる可能性を持つ言葉だけから成るのが、本当の詩だろう。

さて、人が独力で成せる最高の記録芸術が「文学」なら、複数人がかりで創れる最高の記録芸術が「映画」。私は心からそう信じる。だから若さを削ってまでも本を読み、映画を観る。
嘘くさいセリフと安っぽいドラマがCGとともに氾濫し、名画らしい名画なんてめっきり創りにくくなっちゃってる今世紀だけれど、詩と映画とが睦み合えば、まだまだ何かが起こる。その好例を、最近よく見るんだな。

さあ、言い切ろう。
『パターソン』を前菜に、この『エンドレス・ポエトリー』を主菜に、そして日本人向けのソルベとして『秋の理由』(2016年)を賞味した上で、一人一人が己の魂に鋼(はがね)を入れ直して現実を進む時(例えばファシズムやグローバリズムのような“人間抑圧”に思いっきりNoを言い放つために立ち上がっていったような時)、私たちは私たちになる。(……政治や社会を一切考えないのがオシャレだと思い込んでる人は、どうぞ福島や沖縄から目を逸らしつづけていればいい。悪魔由来の火の粉は早晩東京にも来るからね。)

最良テキストのこの映画を、私が満点にしなかったのは、赤毛のデブ子さんが2ℓをちゃんと飲まなかったから。(あんだけ太ってんだから、2ℓぐらい一気に行ってよネ。)