ベルサイユ製麺

エンドレス・ポエトリーのベルサイユ製麺のレビュー・感想・評価

エンドレス・ポエトリー(2016年製作の映画)
4.1
暗闇から伸びた虹色の手には、行き先が空欄のチケットが握り締められていた。

聖ホドロフスキー卿が身体を裏返しながら語る回顧録、きっとまだその踝辺り。 まだまだ先は途方も無く長いに違いないのだが、先ず最初の一歩の大きさ、重さたるや!であります。
痩せっぽちな身体に超圧縮で表現欲を閉じ込めた少年ホドロフスキー、高密度の超鬱屈。いまこそ、楽器を燃やせ!(ホントはダメよ!)そう、あなたにはその声が有るではありませんか!
…£Å#⁂⌘∠﹆$仝‰∵‡*〻♩∞…!
機関銃のように吐き出される言葉の形をした何か。パンチラインの嵐。(正直意味は分からんけど)その高揚感たるや!
詩に自身の表現欲の発露を見出した少年ホドロフスキーがもうみるみる輝く!内部から色が溢れ出し、重苦しく殺伐としたサンティアゴの街並みを自分色に照らしていきます。ああ、目が痛い。
家族を棄て、家庭を飛び出し、自分色で輝きまくるホドロフスキーに共鳴し合う魂たち。親友、愛する人。狂乱の、アート・トキワ荘での日々。ああ、羨ましい穢らわしい。美しい。

前作『リアリティのダンス』にも増して、色彩、言葉、動作、情動等々、情報量が多い!底も淵も見えない坩堝を見つめてるみたい。この世の全てを詩に置き換え、それにヴィジョンを与え、ヴィヴィッドに紡いで見せます。ヴィ多。
あくまで個人的にはですが、今作は体感時間が凄く長くて、でももっともっと観ていたいという極めて倒錯的な効き方をするブツだと感じました。ああ、これが自分の人生だったらどんなに良かったろう。もっと生きたいと思える人生。うらめしい…。

映画を撮る自分の映画を撮る自分の映画を…
ホドロフスキーはやがて実人生がイメージの世界によって上書きされて、映画そのものになってしまうのではなかろうか?それは即ち永遠の生命と言っても差し支えないでしょう。殆ど奇跡と呼ぶしかないこの成り行きから目が離せません👁‍🗨

ごくごく表面的な部分の事を言えば、少年ホドロフスキーがたまにシド・ビシャスみたいに見えた事、衣装がめちゃくちゃオシャレ(監督の奥さまのデザインだそうですね!)だった事、ケーキが勿体無かった!事などが特に印象深かったのですが、そんな気の散りようではホントのホントのところは何にも見えてない・分かっていないのかもしれません…。まあ、しゃあないか。吾輩ポエジーのカケラも無いもんね。

行き先が空欄のチケット。…実は使用期限など無いのだが、使うのが遅ければ遅い程行き先が限られてしまうのだった…☠️