エンドレス・ポエトリーの作品情報・感想・評価

「エンドレス・ポエトリー」に投稿された感想・評価

行動する詩人が2人で直進するところが大好き。いつかやってみたい。笑
「時計仕掛けのオレンジ」が小5の教科書なら、今作は対象年齢4歳~6歳の絵本。人生とは、人間とは、生きる意味とは、人間の本質、感性…感じる全てを学ぶとき、分かりやすさと刺激度合いからこんな例えが浮かんだ。なぜ「時計仕掛けのオレンジ」か。今作鑑賞中、「時計仕掛けのオレンジ」を観たときと同じ心境になった。根底に流れる何かが似てる。これは彩り豊かな明るくて上品な「時計仕掛けのオレンジ」だと思う。胸の肉をグイグイ抉られる感覚は同じ。
※基準が個人的過ぎますので参考にはなりませぬ

ホドロフスキー監督の映画は初見。
最初、これはごっつのコントか?笑うやつか?軽く観ていいやつか?と戸惑いつつ、高評価が目立つためその先が必ずあるはずと期待した。
途中、以下の邪念が私にふざけた
・こんな母親は嫌だ
・いとこのリカルドはラーメンズの片桐仁だ
・黒子の意味って
・アトリエという名の精神病棟
・一目瞭然の童貞チ◯コってどんなだ
・「天井桟敷の人々」出てきて嬉しい
・こんな大勢の前で裸になる映画初めて観た
・同じ匂いのする人に出会ったら魂勃起する感覚
・上島竜兵と出川哲朗のネタは世界共通ネタやったんや
私はこのままふざけるのか…自分を心配したが、ごっつのコント中にも関わらず、劇中繰り出される"詩"が素晴らしいのだ。素晴らしいとか…ほんま自分のボキャブラリーの無さに死にたい。
ネタバレとかにはならんので好きな詩を紹介したい。(本作はネタバレというネタもないんだが)
《毒女》
"鳥のように 木の内臓のように 奥に秘めた魂に 語り掛けなかったせいで 探求は罪となり 敗北に終わった"

《現在と未来のアレハンドロ》
"私は未来のお前だ お前は過去の私
詩に身を投じ 後悔はしていない 何を得る? 幸せに死ぬことを学ぶ 死ぬのが怖い 生きるのが怖いんだ 人を失望させるのが怖い 自分を生きるのは罪じゃない 他人の期待通りに生きる方が罪だ 人生の意味は 人生か 頭は質問するが 心は答えを知っている 意味などない 生きるだけだ 生きろ 生きるんだ 生きろ!"

《アレハンドロ》
"おい お前 何者なんだ 存在する目的はなんだ なぜ生きてる? 生きてはいなかった 死して生まれた 世界に死人が1人増えただけだ"

《アレハンドロ》
"父さん 何も与えないで すべてをくれた 愛さないことで 愛の必要性を教えてくれた"

《エンリケ・リン》
"逃げてるはずの死が 慌てず隣を走ってる"

詩ではないが印象に残ったセリフ
《エンリケ・リン》
「成長した鷹に巣はいらない」

上記の詩は詠われるその場面、状況込みでより味わい深い。
ホドロフスキー監督の脚本に散りばめられた数々の詩。
説得力半端ない。

謎のホネホネロック、ラストでようやくピンときた。
人間誰しも肉体は同じってことかな。作中ホネホネロックと真っ赤な小鬼みたいな出てくるのも、そのまんま骨と肉ってことかな。
余談、公式ホームページ見たらネタバレやけど、私は予備知識なしで観たので、あの人とあの人が同一人物、一人二役してることに驚いた!なんで頑張ってもっ回観てみよ💨
【その存在は、完全な光ー】

ホドロフスキー監督の人間賛歌。

学生の頃に『エル・トポ』や『ホーリー・マウンテン』を観て以来のアレハンドロ・ホドロフスキー監督作。

88歳?にしてこの圧倒的なイマジネーション。
ここまで、自分の頭の中を映像で表現して映画を作れるなんて。
そして、全編から溢れる人間賛歌。

観てないホドロフスキー監督作を観ていこう。
makoro

makoroの感想・評価

4.0
アンドレアホドロフスキーの映画の中で一番わかりやすかった。個人的に一番好き。
HeroM

HeroMの感想・評価

3.8
無限の詩的世界。詩的表現を真面目に映像化したモダンアートの連続。物質と精神の戦いとしての芸術。
かなり疲れるし受け付けない人はたくさんいると思う。
作中、本当に生きてる人間は主人公だけのようにみえる。仮面を被った人々はもちろん、アーティストたちもどこか浮世離れしている。そう観ると監督の自問自答と葛藤、コンプレックスが浮かんでくるような気がする。
理解するのは難しい。アートの素養が必要なのか、本当の意味で生きることが必要なのか。とりあえず自分はアートの勉強からか。
好き勝手に生きる気持ちを強めてくれる作品。
これみて感化されて自由に生きて幸せに野垂れ死ぬ人が増えますように。
海

海の感想・評価

4.2
私がこの命を終え次の人生に生まれ落ちた時、その人生が映画と全く関わりのないものだったとしても、こんな映画が私の知らないところで誰かの人生を救い、誰かに光を教え、誰かの世界に愛を映し夢を点していてほしい。もう二度と恋なんてしないと涙する時、もう二度と希望を見たりはしないとひねくれる時、今日の私がどこまでも遠くに居るこの映画と約束を交わしたように。

正直に言うとまだまだ私には早すぎた一本だったかもしれないし、もしかしたら一生理解できない世界なのかもしれない。でも人生は美しいというメッセージ、死ぬよりも生きて、生きて生き続けろというメッセージ、きっと忘れずに生きてゆける気がする。鮮烈なイメージ。美しくて、時には目を背けたくなるほど汚くて。これがきっと一つの大きな芸術の在り方。
旅には、下着も夢も指輪も必要ない。人生に、約束された才能も愛も生活も存在しないように。

金も家も夢も要らない。愛も言葉ですら要らないのだ。嵐の夜も君が居る場所が帰る場所になり、愛があるのなら代わりに金に困る事は決してなく、愛ばかりに困り果て、夢は叶えば忘れ去られ、言葉は消えてしまってからはじめて本当の意味を持つ。どこからともなく湧いてくる奇跡、どんなに拒んでも、どんなに後ろ髪を引かれ続けようとも、不幸を嘆く暇もないほどに幸福はとめどなく溢れゆく。これ以上何を望めよう。ひとの手のひらが作り出す波に、身を任せ流されてゆけばいい。あなたに出会えてよかった、この場所に生まれてよかった、好きなものを食べて好きな時間に眠ってこの詩の続きには好きなだけ言葉をつなげておくれ、頭じゃなく心が知っている答えを、人生とは、人生とは。

2018/10/19
み

みの感想・評価

4.5
無修正版みたい

このレビューはネタバレを含みます

見逃していたがレンタルでやっとみれた…

奔放な夢想のポエトリーが抑圧の解放と共に流れだす

燃えさかる蝶、その存在は光である

道化師アレハンドロは死と生のカーニバルの中裸で生きている


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作品メモ:
パネルや黒子の演出も、「この作品」上では変な違和感を与えない。むしろつくられた世界は自然に溶け込んでいる。世界が生きる舞台装置なのである。

cafe Irisの演出(死、芸術概念)や、ステラとの出会い(精神的な処女性、愛情、破滅)などメタファー表現は見ていてたのしかった。

オルフェウスの目隠しについては、ジャン・コクトー作品でも登場する既存のよくあるメタファーかもだが、個人的にどんぴしゃで気持ちの代弁として受け入れられる共感表現のひとつである。

本作のエンドレス・ポエトリーでは、ホドロフスキーの燃えさかる蝶を求めた軌跡からエル・トポ、ホーリー・マウンテンのイメージが産み落とされたことがわかる。

ただし、個人的にはエル・トポの抑えきれない衝動と絶望に対して抗った作品表現にどうしても注目してしまうけれど…
(以前鑑賞したときに受けた印象だけ残っているので、今みたらまた感想かわってくるかもな…)

エル・トポを経たホーリー・マウンテンは虚無そのものであり、サンタ・サングレはエンタメ的な展開ではあるが、権力の象徴としての父親像を嫌でも意識させ、相対する母親に憐れみと擁護の気持ちから、両極にある存在の与える影響がアレハンドロ自身に混沌を生んでおり、贖罪が前面に押し出されている。

リアリティのダンス、エンドレス・ポエトリーで個人的なエピソードを提示することで、今までの作品の中に込められた思考の変遷についても語られていると感じた。

アレハンドロ本人が子供時代から抱えてきた父親への不満や矛盾は必要なものであったと受けとめ、二度と会えなくなった父親を許すためにつくられたような印象からも見てとれる。

アレハンドロの気持ちをすべて吐露したあとは、父親に対する捉え方の変化と共に、髪と髭を刈り取られファシズム的な様相が一変している。

現実を異化することが得意であり、人生そのものであることを自らの糧とし「生きろ」と連呼するようなアレハンドロ・ホドロフスキー監督は、学生時代から好感をもち尊敬している人のひとりである。

アレハンドロ・ホドロフスキーは思想の結晶の透明度が高いのだ…!と改めて思いました。
の

のの感想・評価

3.4
今、見れて良かった
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