JIZE

完全なるチェックメイトのJIZEのレビュー・感想・評価

完全なるチェックメイト(2014年製作の映画)
4.3
チェス界でIQ187の頭脳を持ち史上最年少の記録を樹立し尚国の威信を賭け君臨する若き"異能の天才"と称せる青年が敵国ソ連に"盤上の第三次世界大戦"勃発を決め手に指す事実に基づいた型破りな伝記映画!!現在暫定ベスト確定!!2016年1本目に相応しい重厚な映画でしたね。実話が元になる本作。まず原題『PAWN SACRIFICE』はチェスで意味する"駒の犠牲"を指し映画全体にも通づる"勝利の為に自らを窮地に追い込み形勢を返し優位な状態を掴み取る"枠組みそのものを包括した象徴性がある。犠牲と言えば本作の70年代背景を通じ因縁構図。貧しい家庭環境のもと生まれた米国側ボビー・フィッシャーと国から財産のように手厚く扱われたソ連側ポリス・スパスキー。両者の境遇を比較しても対極な者同士と言えよう。この両者共に結局は単に国の間接的な駒だった事を考慮すれば比喩的な再解釈を踏み"個"の想い,願望,本心などパーソナルな動機が一向に報われない無慈悲な余韻を残す映画だったなと受け取れた。中でも敵国の陰謀論を信じ込むフィッシャーが尾行や盗聴に神経を脆く尖らせる場面は母親が共産党員の人間な影響もあり幼少期から続く他者に監視され育つ事への執拗な憤りor強迫観念に苛まれ後に狂気なパラノイアを誘発させる訳ですが,彼周りの描写では特に極度な重圧を帯び"動揺と抑圧"の連続は感慨深いものがあったよ。

監視後はフィッシャーの幼少期に遡り彼の"静寂(内面)"が奪われ続けた非情な生涯を想い返し現状やりきれないなと,痛烈に胸が締め付けられた..彼があれ程神経を擦り減らし尚米国に威信を尽くした筈が..やはり最終的に立ち塞がる壁は"天才故の孤独"or"孤独故の狂(鬼)気"な両者切り離せぬ障害だったかと..題材が事実ベースなだけに国の為に奔走した者の結果がアレでは悔いが残る感慨深い伝記映画でしたね。

では本作結論をまず放り投げれば,この映画。つまり奇才ボビー・フィッシャー自身の類稀ない"異種(奇行)な人格"を現代的に再解釈し英雄的な視点で社会との折り合いを付ける構造そのものに私自身はこの映画,勝利!!だと思えた。全編ほぼフィッシャーの奇な才能1本で興味を持続させるため確かに静寂な間が鈍重で彼に感情移入を完全に寄せ切れないアンチな部分もあるのはある,が,彼は逃亡と再興を幾度となく繰り返すも最終的にはルールを守り信念に従い歩を進めている分,誠実な生き様が他者より抜きに出ている。尚,伝記映画の型にも既視感を排しダレる事なく,あくまでフィッシャー自身の"人柄を問う伝記映画"としては申し分なく完成度が高い映画だと思えましたね。またフィッシャーが兼ね備える寡黙と執拗な"静"の極度に窮屈な間をギリギリまで周囲に耐え忍ばせ肝心な決め手(場)で一気に形勢を畳み掛ける異様な追い詰め方にも度肝抜かれた。同じ関連性を連ねれば昨年12月に扱った天才物で『ディーン、君がいた瞬間(2015年)』並に演技派トビー・マグワイアが役柄の奇才ボビー・フィッシャーと鏡像関係で韻を踏むよう重鎮な影を帯び時折眼力や聴覚に視点が突如移行し耳鳴りや幻聴など彼のパラノイア性が常軌を逸脱した不穏性に乗せドライヴさせる空間の魅せ方も見事だと。切り口次第で"難解な映画"に着地する題材なだけに歴史の経緯は最低限に抑えられ娯楽映画としても結果蓋を開ければクスッと苦笑できる描写多めで全然楽しめた。

印象に残った台詞。
「これは戦争だ..イメージの戦争だ..ブルックリンの貧しい青年がソビエト帝国を迎え撃つ。完璧なアメリカ物語。」「すべては理論と記憶なんだ。選択肢は多いと思われるけど正しい指し手は1つだけ。他に行き着く場所はない。」...この台詞を繋ぎ導ける返歌はいかにフィッシャーが国の威信を賭け犠牲(駒)を自ら請け負い最善を尽くすよう周囲から暗黙な重度の圧力を受けていたか,という事が推測でき国家に彼の意識が操作され後に彼自らが本来突き進む意義を模索し自分なりの正統なやり方で模造された分身(偽の人格)に対し軌道修正を図る内面的な燃え滾る野望さも後半特に伺えた。彼が一旦パラノイアを乗り越え再び壇上に奮い立つ(常識的に見て)恵まれた境遇と言い難い彼の立場は正義的な有志に満ち溢れ何事にも変え難いよ。最終的に"自分が最悪の敵"という主役自らが自分自身と対峙し揺れ動く苦悩を解き放つありがちな皮肉構造も幼少期から1本分厚い芯を貫いてるだけに感慨深いものが深刻にあった。実に繊細で儚いね。

概要。伝説の天才チェスプレイヤー,奇才ボビー・フィッシャーの半生を綴る伝記映画。監督は『ラストサムライ(2003年)』の名匠エドワード・ズウィック。主演には『スパイダーマン』旧シリーズや『華麗なるギャツビー(2013年)』の演技派トビー・マグワイアが本作で天才役を演じました。

まず本作。政治的な背景を抑え話の順序を問い直せばこういう事だと言える。つまり幼少期からチェスに人生の意義を捧げ最年少で数々の記録を樹立し続けてきた者が,国の威信を賭けた"米ソ冷戦の代理戦争"に身を投じた事で自ら維持してきた調和(均衡)が崩れ複雑な狂人格と次第に向き合っていく,という常人離れした能力を備う遥かにマッド・ジーニアス(狂気)な天才物だと。話の構造も彼が生涯を通じチェスで対局した事細かい経緯を描く訳ではなく,フィッシャー自身のパーソナルな根幹を問う特にパラノイアな奇行の部分にデフォルメし表情,癖,思考など"個"を更に小粒に特性付け彼の素性である表裏に迫るリアリズム寄りな伝記映画,である。

執拗以上に彼が抱え込むジレンマは重苦しく暗的な雰囲気を通じ全編投写され中盤,大統領の補佐官から1本の電話(通達)を機にソ連側との対局切符を獲得し同時に彼の心の闇が露呈し閉塞感が漂う雰囲気も特に印象深かった。言わばその通達,世間側から見れば貴重で栄誉に値するもの,だが,彼側から見れば更に神経を擦り減らされ混乱を掻き立てる迷惑要素とでも見方的には取れるだろう。彼が生涯通じ自信家で負けず嫌いな性分故に周囲の期待に応える事は勿論必然であり,要は引くに引けない八方塞がりな状態に陥る訳だが,世間側と彼側の思惑の相違が徐々に顕著化し結構あぶない状態まで心境を持ってかれる対比の魅せ方も両者の内情を読み取る上で通常の感覚で読み取れない乖離した浮遊感を覚えた。要は国の威信を賭けその望みを"託す側"と"託される側"の整合性が取れない不合致感。フィッシャーが口頭では高飛車な発言を周囲にカマし散々挑発してるんだけど現状に立ち挑むと突如不穏感に襲われ彼自身も自身を喪失する悪夢感は当時の武力でなく間接的な統治で勝敗を判断する政治的な背景に反映した圧政の代物だと言えよう。フィッシャーが現在迄築いてきた名誉,努力,人格を一国の単なる攻め駒として戦略的に使い処理されると見れば実に居た堪れない気持ちになる。

他,勝敗の決め手となる物語や人物面での切り口も無数に存在した。例えば,序盤,開幕早々にフィッシャーが眼を血眼に自室で電話機を分解したり壁から剥がした額の裏側を切り裂く行動orメディア批判,試合に大幅な遅刻,法外な収入とリムジン準備を要求or空港を出る際に眼の部分に穴を開けハトロン紙を頭上から被り挑発する言動の数々,などチェス以外にもコレほど大胆な奇行を繰り返し威厳を放っている。喜劇と悲劇が表裏を成すようIQ指数並みに奇行指数も高いと皮肉を込め言えよう。また1番は終盤スパスキーとの対局でフィッシャーが試合中に些細な物音や客席の反応に物凄く敏感で試合中に席を立ち審判に苦情を提言するなど神経質すぎて逆にコミカルな色調を放つ感じも(スパスキーが終盤,卓球室で椅子の件(後にハエが二匹発見される件)に対し負けじと言及する件を含め)笑えましたね。正真正銘な悪者が本作で存在しない設定も後々考えれば適切な設定だったのかなと。あとは神父ビルがフィッシャーを精神的に落ち着かせる数々の場面で会話とかではなく口頭チェスを突如開始し安定を求める常軌を脱した卓越感もだし弁護士ポールに関してはフィッシャーとの強烈な亀裂を感じた。勤勉な人柄故に場に適した応用がほぼ利かない人物と捉えるべきか。ポールは全体的に他者とモメる下りが特に印象深かったね。最後に因縁ボリスは無表情な淡々と物事を遂行し敵を打ち負かす悪の賢者な印象も浴びせつつ実は終盤明かされる...なフィッシャーにも重ね合さる事実が発覚する感慨深いパーソナルな問題提起もあの描写は彼に初めて躍動的な"動"を全力で体現させ好み。

ただ本作の悪因。フィッシャーとこの映画を観る観客との"差が縮まらない距離感"の設定に難があるよう思えた。つまり彼がいかに壮絶な人生を通じ孤独や葛藤に苛まれそれを映画的に謳っても一般の観客が理解を示せるほど彼の人生観に映画自体がエクスキューズを付加せずフィッシャー自身の核となる肝心な部分に作品が気を配っていたかと言えば中々首を縦に降る事はできなかった。この映画の企画。当時デヴィッドフィンチャー監督を総指揮に途中まで進められていたみたいなんだけど同じ天才物で『ソーシャルネットワーク』並の主役の心情に寄り添う短エピソードor前日譚など"何かしらの主役に寄り添う動機付け"があれば申し分なき完璧な傑作!!に成り得たように私は思えた。そういう意味では本作は天才をただ天才と眺め時間が過ぎ去る作品の構造的に勿体無いなと。フィッシャー自身の印象深い短かな秘話を差し込まなかったのは少し不思議なんですが天才物は製作所の特許なり様々なしがらみがあるんでしょうかね。実に傑作まであと1歩!!な映画である。

うさぎ穴(ラビットホール)のメタファは何を意図したんだろうか...

総括。
やはり本作は何よりトビーマクワイアの眼が血走った狂気体現!!カタルシス込みで役柄的にも適していた。昨今のギョロ目物でも『ダークナイト(2008年)』ヒース・レジャーや『ナイトクローラー(2015年)』ジェイクギレンホール等に筆頭し観る者を掴まえ驚嘆させる名演技である。海辺の場面や付き人に対しマグワイアが大声で叫ぶ場面も適度に劇中で挿入されていたのも転調を誘い見事な演出だった。あとまだ一言も触れてない肝心のチェス描写!!予告ではチェス盤上に立体的なアルファベットと矢印が浮かび上がる演出..序盤は!!確かにありました。ただ,序盤以降でこの演出が一向に顔を出さずプレイヤーが古典的な方法で駒を動かし対局をするという..実に不誠実極まりないなと。まとめればボビー・フィッシャーがどういう人物or生涯を過ごしたかという基本情報の大体は蓄積されるんですがその中身を問うた感情移入させる動機がほぼ抽象的で彼に対しグッと入り込む要因が映画的に弱すぎたね。悪因はこの1点に限る。まあボビー・フィッシャーを英雄的な立場にシンボル化させた時点でこの映画は勝ち!!だと私は頷ける範囲で思う。観終わった後に邦題『完全なるチェックメイト』もそこまでチェス自体の"神の一手"だとか事前で謳ってますがそもそもその動向自体を問う映画だったかと。(解釈上は)政治やチェスより"奇な役柄に重点を置いた伝記映画"なので。まあチェスの具体的な知識を把握せずとも一定の伝記映画として充足感はもちろん十二分にあるので間違いなくフィッシャー自身の奇行な人格1つ取っても楽しめる映画なのは当然!俳優トビーマクワイアのシリアス路線開拓にも今後期待!あと最後のエンドロール(テロップ表示)も貴重!盤上で国の威信を賭け歴史を揺るがした頭脳戦の孤独感が漂う全貌を是非劇場でお勧めです!!
※そして皆様遅れ馳せながら新年明けましておめでとうございます!!今年もどうか地道に頑張りますので皆様宜しくお願いします!!