マリオン

ラスト・ナイツのマリオンのネタバレレビュー・内容・結末

ラスト・ナイツ(2015年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

不正を重ねる帝国の大臣に歯向かったために、自らが仕える領主であるバルトーク卿を斬首した騎士団長ライデンが、かつての騎士団を復活させてバルトーク卿の敵討ちをしていく姿を描く。説得力のある独特な世界観や忠臣蔵らしい忠義や信念がきちんと描かれ、紀里谷和明の人生や考え方が時折シンクロして見えて更に忠義や信念が浮き彫りになる。今までの作品に合った異彩を放つ作風が薄くなり無個性になってしまったのが惜しいが、彼自身の最高傑作と言える一本だ。

今作は忠臣蔵をモチーフにした映画である。最近でも「47 RONIN」という忠臣蔵が持つ面白味やメッセージ、大胆にファンタジー世界にアレンジしたトンデモ日本文化を全面に押し出した怪作が公開されたばかりだが、今作では忠臣蔵の持つ面白味やメッセージ、武士の精神を誰にでもストレートに伝わるような設定やストーリーで描く。

主人公のライデンはかつて酒に溺れて荒れ狂う人生を送っていたが、高潔な意志を持つバルトーク卿によって見初められ、騎士の出身ではないにも関わらずバルトーク卿の騎士団のリーダーとして彼に仕える男だ。そんなライデンをバルトーク卿は実の息子のように大切にし、自分の後継者として一族の証である剣を授けるほどライデンを信頼していて、彼らの間にはただの主従関係以上の固い絆で結ばれていた。だが彼らが尽くすべき帝国は伝統ある騎士の忠義や信念とは程遠い政治が横行し、富ばかりに目がくらんだ大臣によって地主達は賄賂を要求され、民衆は高い税率に苦しめられていた。

そんな現状を憂いていたバルトーク卿は賄賂を要求してくる大臣に歯向かうが、大臣にそそのかされた国王によって反逆罪に問われて自らの騎士団長であるライデンによる斬首を言い渡されてしまう。自らの主人を配下の騎士が処刑するという理不尽な命令にライデンはもちろん反抗するのだが、バルトーク卿は自身の主張の高潔さと誇りを以って、ライデンに自らを斬首するように命令する。そしてライデンは泣く泣くバルトーク卿の首を斬り、バルトーク卿の一族達の身分や領地は返還、仕える主のいなくなった騎士団もライデン自身が解散を宣言する。そんなライデンは自身の不甲斐なさ、バルトーク卿を自らの手で殺してしまったことを悔やみ、妻のことも放り出して酒浸りの日々を送り、バルトーク卿から授かった剣も質屋に入れて娼婦と酒のお金にし、娼婦としてライデンの前に現れたバルトーク卿の娘を救おうともしないほどに荒み切ってしまう。だがライデン率いる騎士団はひそかにバルトーク卿の意志を受け継ぎ、主君の仇をなす腐りきった大臣に敵討ちするべく計画を立てていた。ライデンももはや復讐する気力などないと大臣に思わせるためにわざわざ酒浸りになり、剣を手放すという芝居を打っていたのだ。

一方、大臣はバルトーク卿の死刑からずっとライデンが復讐にやってくるという恐怖に憑りつかれ、自身の屋敷を国王よりも厳重な守りに築き上げていた。バルトーク卿の意志を受け継いだ騎士団はそんな堅牢な守りの隙を突き、大臣を守る兵達や大臣の右腕である騎士団のリーダーをなぎ倒していく。バルトーク卿が処刑された日からずっと忠義と正義のために全てを捧げてきた彼らにとって、たとえ兵の数が多く敵討ちの途中で自身の命が尽き果て、敵討ちを為した後に処刑されようともその積年の想いが果たされるその瞬間まで彼らは修羅のごとく戦い続けるのだ。そして憎き大臣を討ち取り、バルトーク卿の娘に一族の忠義を示した後、ライデンは騎士団を守るための全ての罪を自ら被り処刑される…バルトーク卿の意志が自らの死を以ってライデンに受け継がれたように、ライデンもまた自らの死を以って騎士としての信念や忠義を別の人々に受け継ぐのだ…とこのように武士などの日本的な要素はほとんどないが忠臣蔵が持っている戦う者達の使命や忠義、伝統、高潔さがすんなりと伝わるし、個人的にバルトーク卿やライデンの高潔さや信念を曲げない姿、否定されようとも戦い続ける姿が、たとえ罵倒されようとも自分らしい異彩を放った映画を作り続ける紀里谷和明のストイックさと重なって見えて余計にその主題が浮き彫りになっていると感じた。

また西洋風の帝国と騎士の物語にすることで日本文化に疎い人でもとっつきやすいし、誰もが知るハリウッド・スターも登場させやすい。キャスティングも様々な人種の役者が揃うことで、世界観には無国籍感が漂い、これは人種の垣根などない普遍的な物語であることが伝わってくる。この戦略はワールドワイドなハリウッドだからこそ出来たことだろう。そしてかつての紀里谷和明作品で批判されてきたポイントも更に改善されてきたように思える。脚本を紀里谷和明ではなく別の脚本家に任せたことによって、物語のメッセージを演説大会のようにセリフでベラベラ言うといった不細工な語り口は前作「GOEMON」よりも更に減り、きちんとしたストーリーテリングやアクションのかっこよさ、キレのある演出で魅せようとしている。他にも騎士達や大臣たちの衣装、市場や酒場の小道具まできっちり作られ、チェコの寒々しい冬の情景や格式高い建造物などによって世界観がリアルに感じられるし、自然光を意識したちょっと暗めの映像によって寒々しさを感じる場面では更に寒さが、温かみを感じる場面では更に温かく感じるシャープな画作りがなされる。映画的な完成度は間違いなく紀里谷和明の最高傑作と言ってもいいだろう。

だがそれ故にいい意味でも悪い意味でも才気走っていた作風が、どこかで見たことあるような凡作と変わらないように感じてしまったのも事実だ。まず忠臣蔵といっても既に「47 RONIN」があるし、ダークで寒々しい画作りと騎士という絵面は「ドラキュラ ZERO」とかなりそっくりで、見た目の新鮮さははっきり言ってない。公開されるまでしばらく寝かされたことも要因にあるのだろうが、なんだかんだ独特な世界観を作り上げていた実績があるだけに今作の無個性ぶりはどうも残念だ。またキャラクターの背景は台詞であっさり流されてしまう、たとえなんでもありがたく聞こえるモーガン・フリーマン言わせたところで長々しくて退屈な演説シーン、わざわざライデンが大臣を騙すために演技をしているという事実を観客にもミスリードさせる手法はまどろっこしい上にその手際もよくない、回想で事の真相を伝えるという後出しジャンケンのような手法、肝であるはずのバルトーク卿やライデンの死をきちんと描かない、そもそも騎士団が迫害されているという敵討ちのために長い期間耐え忍んでいる騎士達の心象背景がはっきりしないなどいつもの紀里谷和明映画と比べたらマシだが、それでも普通に退屈に感じる出来栄えの脚本だ。これでは「ダメな部分も多いけど異彩を放つ映画」ではなく「普通にダメな部分が多い映画」だ。

役者陣ではやはりクライヴ・オーウェンのたくましい騎士姿がかっこよく、主を泣く泣く斬る時の表情や、無精髭を生やしてかっこいい立ち回りで魅せ、モーガン・フリーマンは出番が少ないものの、圧倒的な存在感で高潔さを表現する…この2人の演技派によって映画自体がかなりシリアスで真面目になっていると感じた。他にもいかにも小物な大臣を演じたアクセル・ヘニー、変わった髪形で強烈なインパクトを残しつつクライヴ・オーウェンとかっこいい殺陣を披露する伊原剛志、騎士団を陰から支えるアン・ソンギ、渋い副リーダーのクリフ・カーティス、やっぱり美しいアイレェット・ゾラーなど印象的でワールドワイドな演技合戦が見ることが出来る。

作りこまれた世界観や美しいロケーション、役者陣の活躍もあって紀里谷和明はようやく1本筋の通った映画らしい映画を完成させたと思う。ただそれ故に異彩が消え失せ、無個性な映画になってしまっていることは今後の課題なのかもしれない。決して無条件で褒め称える映画ではないが、紀里谷和明の最高傑作であることには間違いなく、彼の更なる成長が素直に楽しみだ。あとこの映画を見る前に、紀里谷和明が自身の失敗談、後悔と反省を語った「しくじり先生 俺たちみたいになるな!!」を見ておくとこの映画に対する感想も変わってくるかもしれない。

~紀里谷和明の魂と騎士たちの信念が重なる無国籍忠臣蔵~「ラスト・ナイツ」ネタバレレビューhttp://marion-eigazuke.hatenablog.com/entry/2015/11/19/110358