たけちゃん

怪物はささやくのたけちゃんのレビュー・感想・評価

怪物はささやく(2016年製作の映画)
4.2
12:07………真実を話すんだ、コナー


フアン・アントニオ・バヨナ監督 2016年製作
主演ルイス・マクドゥーガル、フェリシティ・ジョーンズ、リーアム・ニーソン


やばい😱
毎日、オリンピック漬けで映画が観られない……
レンタルしてた作品、半分も観ないうちに、今日返却日……(>︿<。)

でも、これだけは観なければ「怪物はささやく」


ずっと楽しみにしてたんですよ( ˘ ˘ )ウンウン
地元での公開が無かったのでね(T_T)
監督のバヨナさんは、次作が今年公開予定の「ジュラシック・ワールド 炎の王国」という注目株ですよね。実は僕、初鑑賞です(^-^)


さて、今作はファンタジー好きには、なかなか堪らない作品になっていましたよ。脚本と演出が非常によく出来ていました。また、怪物(怪獣とかじゃなくて、本当に怪物)が出るのに現代の設定なのが珍しいよね( ˘ ˘ )ウンウン
でも、だからこそ、人を選ぶのかなぁ……。
僕はすごく好きでした\(^o^)/

主人公は少年のコナー・オマリー
学校ではいじめにあっている
母は重い病気に苦しんでいる
受け止められない困難
そうした現実といかに折り合いをつけるか……
その心の葛藤が語られる物語です
これは児童文学としても、とてもよく出来ていましたが、大人向けかな?


コナーのお母さん役は、なんとフェリシティ・ジョーンズ。
「ローグ・ワン」の前に撮ったんですね(^-^)
病気の表情が真に迫っていました( •̀ω•́ )و✧
でも、お母さん役かぁ。若い(笑)


この2人に祖母のシガニー・ウィーバーと、離れて暮らすお父さんも交えてのストーリーになっています!


さて、そんな今作は評価が分かれてますね~。きっとファンタジー耐性が少し必要なんですな。なので、以下は少しネタバレして、僕なりに作品を咀嚼したいと思います。観てない方はご注意を!









若くして結婚し、そして、分かれていった両親。
今は母と2人で暮らす少年コナー。
とても仲の良い母子。
しかし、その母が病に伏す。


母子で一緒に映画を観るシーン。
観るのはオリジナルの「キング・コング」
コングは金髪の美女を守るため、1人戦います。
彼女を守るのは「怪物」ですよね。
その姿は母を守る自分の投影なんです。


「なんで殺すのかな?」と問うコナー
映画はもう、ラストシーンのところですね
「人は理解できないものを嫌うのよ」
母の言葉です。
ここから、母親自身も人にはなかなか理解されずに育ってきたことが伺えます。


そんな母が病気になり、コナーは祖母と暮らさなくてはならなくなる。その祖母は厳格で、コナーは息苦しくもあり、耐えられないが、それを口にもできない。


そんな時に現れる「怪物」
彼は12時7分になると現れるんです。なぜ?
その怪物が囁きます
これから3つの物語を聞き、その後、4つ目の話をお前がするんだ、と。

木が動き出すと、全てエント族に見えてしまう(笑)
でも、確かにみなさんが言う通りグルートにも見えるし、木ではなかったけど、「マイティ・ソー バトルロイヤル」に出てきた炎の巨人スルトにも似てる。まぁ、よくあるやつ( ¯−¯ )フッ
でも、この造形にも秘密がある……


1つ目の物語は、ある王国の王が3人の息子を巨人やドラゴンとの戦いで失い、失意の中、王妃も失う。そして、ただ1人、孫だけが残る。
そして、後に迎える若い女王
挙式後、すぐに王が亡くなるので、魔女と呼ばれる若い王妃。孫は王妃を追放して、自らが王となる。でも、そこに隠れた真実とは……

なるほどなぁ……
こりゃ、この映画、一筋縄ではいかない


2つ目の物語は、頑固な調合師アポセカリーと信心深い牧師の話。どんな病気でも治す薬を作るアポセカリー。薬を作るため、イチイの木を伐りたいと頼むが、断る牧師。
ところが、牧師の愛する娘が病気になった時、牧師は信仰も捨て、何でもする、イチイの木も切ってよいとアポセカリーに懇願する
しかし、信仰も棄てた牧師の願いが叶うことはなかった……
その後「怪物」は牧師の家を破壊するのだが、コナーはなぜアポセカリーではなく、牧師の家なのかと怪物に問う……


3つ目の物語は、見えない男の話
誰からも見えない男とは、存在しない男である
でも、彼は存在する
自分が存在することを証明したい
ついに彼は拳をあげて、立ち上がる!


観た人は分かると思いますが、この3つの話は、全てコナー自身のことですよね。

1つ目の話は「コナーとおばあちゃん」の関係を表している
2つ目の話は「コナーとお母さん」のこと
3つ目は「学校でのコナー」なんです


怪物は少年の心に住むんですよね
家を壊したのは自分の中の破壊衝動
気がついたら全て壊していた
やったのはじぶんじゃない
そう、自らに語り、納得させる……

だから、自分の投影である怪物の行動がコナーは理解できないんです。それは認めたくない自分自身だから。


こういうことってありますよね。
特に思春期には物に当たったりすることも
後で、すごく後悔するけど、その時には激情が抑えられないんです。


コナーが抱えている心の問題を「怪物」は「ささやく」んですよ。逃げずに戦え、問題を受け止めよ、と。

だから、4つ目の物語とは、彼がぜったいに認めたくない、今、目の前の最大の困難「母の死」という事実です。

実は、「真実を話すんだ、コナー」と迫る「怪物」は亡くなったおじいちゃん、すなわち、母の父親です(実は、お母さんの部屋の壁に、リーアム・ニーソンの写真がありました。怪物の声を担当しているのが、リーアム・ニーソンですからね。ネタバレされてました)。母も父の死を「怪物」と共に乗り越えていたんですね。それを息子であるコナーにも願っていた。
だから、母にも「怪物」が見えていました……

12時7分については、見れば分かることなので、解説はしませんが、少年にとってはこれも大事な設定でした( •̀ω•́ )و✧


母とコナーの繋がりこそが「怪物」であり、「怪物の絵」なんです。そして、最後は、それを通し、おばあちゃんとの繋がりも回復していきます。素晴らしい脚本だなぁ。







正直にならなくちゃ……
正直に生きなくちゃ……
心と向き合うんだ……

真実は、時に残酷だ
でも、必ず、乗り越えられる!
「怪物」がそばで守ってくれるから……