亘

軽蔑の亘のレビュー・感想・評価

軽蔑(1963年製作の映画)
4.0
【すれ違う2人】
映画『オデュッセイア』の撮影現場に脚本家ポールがやってくる。彼は脚本書き直しを依頼されたのだ。撮影はその後カプリ島ロケを控えていたが、ポールの妻カミーユの様子がおかしい。ポールとカミーユはすれ違い始める。

フランス人カップル、ポールとカミーユのイタリアでのすれ違いを描いた作品。この2人のすれ違いは、きっと男女普遍のテーマだろう。よく言われる、[男性:結論から知りたがる・夢を追うロマンチスト][女性:共感を求める・お金に関してリアリスト]っていう構図で理解できる点が多いと思う。また作中の『オデュッセイア』のストーリーもポールとカミーユの関係性に似ていてシンクロするのも面白い。アパートのインテリアがおしゃれだし、カプリ島の風景がキレイだし、カミーユの体が美しいし目で見ても美しい作品。

ポールはもともと劇作家志望。戯曲を書きたかったのに、金のために映画の脚本を書いている。戯曲が好きだからこそ、プロデューサー・プロコシュの「もっと色っぽいシーンを入れて」っていうような要求は飲みたくないのだろう。試写後彼の妻カミーユがスタジオにやってくる。しかしポールはラング監督や通訳フランチェスカなどと話すばかり。さらにプロコシュに家に呼ばれるとポールは、カミーユにプロコシュの車で行くように伝え自身はかなり遅れる。カミーユにとっては放置されていると感じたのだろう。

その後のアパートでも2人はすれ違う。ポールとしては、出来たらこの脚本の仕事は降りて戯曲に移りたい(そして今後とも映画脚本はやりたくない)。もし脚本の仕事をするならカミーユとカプリ島に行くという考えを持っていたのだろう。だからこれらのことをカミーユに確認したかった。①自分は映画脚本をやめていいか②カプリ島には来ないか、カミーユの意見を聞きたかった。でもカミーユとしては今の自分のことを気に掛けてほしいし、脚本の仕事に関しては金の問題もあるから続けてほしい、ということなのだろう。

自分がききたいことを確定させたいポールが聞いてもカミーユは断言しないからポールとしてはいら立ってしまう。それでカミーユは機嫌を損ねて、ポールは何とかなだめようとするけど、とりあえず確認事項を確認したいというような繰り返し。カミーユはカミーユで、ポールを傷つけたくないから直接的な物言いはしなくて、それがまたポールの誤解を助長しているようにも思える。そしてカミーユが「もう愛していない」「軽蔑している」と直接的に言うとポールはショックを受ける。ただやはりカミーユの心に思いをいたすというよりは、なぜか理由を知りたがる、男性的な反応になる。

そしてカミーユもカプリ島へ行くことになる。船上での撮影後別荘へ戻ることを提案するプロコシュに、ポールはカミーユだけ先に戻らせる。冒頭のスタジオの再現である。そしてポールは監督と『オデュッセイア』について語り合うのだ。『オデュッセイア』もまた夫婦のすれ違いの話である。ユリシーズは、妻ペネロペイアとうまくいっていない。だから戦争に行った。そのあいだペネロペイアには多くの求婚者がいた。ペネロペイアは夫ユリシーズを軽蔑していたのだ。しかしユリシーズは帰国すると妻から愛されていないことに気付き求婚者を殺す。夫婦がうまくいってない点、妻が夫を軽蔑している点はまさにポールとカミーユと同じである。

ポールはその後カミーユがプロコシュとキスしている現場を目撃。するとポールも意地になり「脚本を書かない」という。その後ポールとカミーユが話し合う場があっても、[ポール:"カミーユ次第で脚本を受ける"スタンスで実際はやめたい]、[カミーユ:"ポールが決めること"というスタンスで止めてほしくない]と譲らない。さらにカミーユはポールに軽蔑の理由を明かさない。互いにあゆみよらないのだ。

そしてカミーユはプロコシュとローマに向かう途中で事故に遭う。一方のポールは彼女の手紙を悲し気に読みながらカプリ島を離れる。ラストの青い海はきれいだけど、同時に2人の間に広がる果てしない距離のようでもあった。

印象に残ったシーン:壁を越して2人が分割されているように見えるシーン。ポールが別荘でカミーユの後を追うシーン。