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シンクロナイズドモンスターのmのネタバレレビュー・内容・結末

4.8

このレビューはネタバレを含みます

怪獣=アン・ハサウェイが何と戦うのか、という所にこの映画の面白さがある。

まず彼女が戦うのは酒に甘えて軽率に動く駄目な自分自身。酔った勢いで惨事を招いた事でようやく自身の駄目さを痛感し、立ち直りに成功した彼女の前に最終的に立ちはだかるのは、気の良い地元の友達ジェイソン・サダイキスだ。パワーを得た事で抑制を覚えたアンとは反対に、ジェイソンは自身の欲望の解放に暴走していく。

最初にやらかした後に彼がアンに大量の家具を贈る辺りから絶妙に不穏な気配が漂い始め、この男の闇が決定的になるのが荒んだ彼の家の乱雑さ(しかもただ単に汚いだけではない)でここが本当に素晴らしい。この男がこの町でどんな風に生きてきてどんな鬱屈を抱えているのかが、家の美術だけで完璧に伝わってくる。下手な説明描写を挟まずこの美術だけで勝負した監督のセンスが見事だった(美術による描写という点では彼の経営するバーのちぐはぐさもまた的確にこの男の人生を表現している)。
アンを自分の世界に束縛しようとするジェイソンの行為はまさに精神的DVで、その絶妙に厭な感じがリアルでこの奇想天外な物語にリアリティを与えている。

ヒーロー役になるかと思われた元カレのダン・スティーヴンスも「もっとしっかりしろ」と叱咤激励しているようで、よくよく見れば最初から彼女を自分の理想の枠に押し込めようとしている。それ故に結局の所彼は彼女の戦いの役には立たず、最後は自分で自分自身の人生を掴み取るしかない。

「私今もっと滅茶苦茶よ」というクールな別離宣言と共に始まる最終決戦、腕力では勝てない相手に対してどう挑むかの逆転の発想は痛快で、ここでのアンとジェイソンの表情の芝居対決が素晴らしかった。


だらしない駄目人間ながらも、怪獣のままで自分なりに立ち直り歩き出す主人公をアン・ハサウェイがリアルかつチャーミングに演じていて御見事。普通の気の良い男の鬱屈を徐々に見せていくジェイソン・サダイキスもまた見事。ダン・スティーヴンスはこういう神経質で観る者を不安にさせる役がやはり上手い。
さり気なく撮影が良い事も気に留めておきたい。

駄目な自分自身と自分を束縛しようとする男(たち)とのやさぐれた女性の戦いを怪獣とロボットのバトルとして具現化するという奇想と、奇想で終わらせない田舎町での人間ドラマの絶妙なリアリティと厭さが素晴らしかった。彼女達の葛藤の犠牲になるソウル市民は気の毒だが・・


私事だが、この映画のジェイソンの姿は違う道を歩んだ自分の姿のように見えた。帰省中の地元で観た事で勝手に思わぬ感慨を抱いた。


ラストカットのアンの演技に、この映画の人間の不完全さへの肯定が込められていて素晴らしかった。
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