シンクロナイズドモンスターの作品情報・感想・評価 - 5ページ目

シンクロナイズドモンスター2016年製作の映画)

Colossal

上映日:2017年11月03日

製作国:

上映時間:110分

3.2

あらすじ

憧れのニューヨークで働いていたグロリア(アン・ハサウェイ)だったが、失業してからというもの酒浸りの日々を送っていた。ついには同棲中の彼氏ティム(ダン・スティーヴンス)に家を追い出され、生まれ故郷の田舎町へと逃げ帰る。グロリアは幼馴染のオスカー(ジェイソン・サダイキス)が営むバーで働くことになるが、その時驚愕のニュースが世界を駆け巡る。韓国ソウルで突如巨大な怪獣が現れたというのだ。テレビに映し出さ…

憧れのニューヨークで働いていたグロリア(アン・ハサウェイ)だったが、失業してからというもの酒浸りの日々を送っていた。ついには同棲中の彼氏ティム(ダン・スティーヴンス)に家を追い出され、生まれ故郷の田舎町へと逃げ帰る。グロリアは幼馴染のオスカー(ジェイソン・サダイキス)が営むバーで働くことになるが、その時驚愕のニュースが世界を駆け巡る。韓国ソウルで突如巨大な怪獣が現れたというのだ。テレビに映し出された衝撃映像に皆が騒然とする中、グロリアはある異変に気付く。「この怪獣、私と全く同じ動きをする…?!」舞い上がったグロリアは、怪獣を操り世界をさらなる混乱へと陥れるが、そこに「新たなる存在」が立ちはだかる―!

「シンクロナイズドモンスター」に投稿された感想・評価

m

mの感想・評価

4.8

このレビューはネタバレを含みます

怪獣=アン・ハサウェイが何と戦うのか、という所にこの映画の面白さがある。

まず彼女が戦うのは酒に甘えて軽率に動く駄目な自分自身。酔った勢いで惨事を招いた事でようやく自身の駄目さを痛感し、立ち直りに成功した彼女の前に最終的に立ちはだかるのは、気の良い地元の友達ジェイソン・サダイキスだ。パワーを得た事で抑制を覚えたアンとは反対に、ジェイソンは自身の欲望の解放に暴走していく。

最初にやらかした後に彼がアンに大量の家具を贈る辺りから絶妙に不穏な気配が漂い始め、この男の闇が決定的になるのが荒んだ彼の家の乱雑さ(しかもただ単に汚いだけではない)でここが本当に素晴らしい。この男がこの町でどんな風に生きてきてどんな鬱屈を抱えているのかが、家の美術だけで完璧に伝わってくる。下手な説明描写を挟まずこの美術だけで勝負した監督のセンスが見事だった(美術による描写という点では彼の経営するバーのちぐはぐさもまた的確にこの男の人生を表現している)。
アンを自分の世界に束縛しようとするジェイソンの行為はまさに精神的DVで、その絶妙に厭な感じがリアルでこの奇想天外な物語にリアリティを与えている。

ヒーロー役になるかと思われた元カレのダン・スティーヴンスも「もっとしっかりしろ」と叱咤激励しているようで、よくよく見れば最初から彼女を自分の理想の枠に押し込めようとしている。それ故に結局の所彼は彼女の戦いの役には立たず、最後は自分で自分自身の人生を掴み取るしかない。

「私今もっと滅茶苦茶よ」というクールな別離宣言と共に始まる最終決戦、腕力では勝てない相手に対してどう挑むかの逆転の発想は痛快で、ここでのアンとジェイソンの表情の芝居対決が素晴らしかった。


だらしない駄目人間ながらも、怪獣のままで自分なりに立ち直り歩き出す主人公をアン・ハサウェイがリアルかつチャーミングに演じていて御見事。普通の気の良い男の鬱屈を徐々に見せていくジェイソン・サダイキスもまた見事。ダン・スティーヴンスはこういう神経質で観る者を不安にさせる役がやはり上手い。
さり気なく撮影が良い事も気に留めておきたい。

駄目な自分自身と自分を束縛しようとする男(たち)とのやさぐれた女性の戦いを怪獣とロボットのバトルとして具現化するという奇想と、奇想で終わらせない田舎町での人間ドラマの絶妙なリアリティと厭さが素晴らしかった。彼女達の葛藤の犠牲になるソウル市民は気の毒だが・・


私事だが、この映画のジェイソンの姿は違う道を歩んだ自分の姿のように見えた。帰省中の地元で観た事で勝手に思わぬ感慨を抱いた。


ラストカットのアンの演技に、この映画の人間の不完全さへの肯定が込められていて素晴らしかった。
MissY

MissYの感想・評価

4.0
これは予告編見て、すごく期待していた映画!博多より1ヶ月遅れて、やっと私の街にもやってきたので、元旦早々に、おバカ映画見てきました!
アン・ハサウェイはアル中無職のダメウーマンでも可愛いなぁ(笑)。彼氏に愛想つかされて田舎の実家に戻るんだけど、昔のお友達が一見ナイスガイのようで、実は、というのが、かなり怖かった!!人は見かけによらないのね。ネットで情報探ると、どうもこの映画、当初の設定はモンスター出現は韓国ではなく日本だったようで、そうなら色々と合点がいきますね。でも、この設定でもまぁ面白かったです。承認欲求とか、結構、現代社会をかなり皮肉っている感じでした。どうやって収拾つけるのかと思ったら、まさかの展開に驚いた!!
まさしく、ナチョ・ビカロガンド作品でした。

アン・ハサウェイに、コメディ俳優のジェイソン・サダイキスと、良い意味で期待を裏切る後半が素晴らしい!!
まさかのサスペンス映画だったとは…。

怪獣はあくまでもスパイスで、砂場が世界の全てだった童心から、成長できるか、できないかが本題。

同じ成長物語の『パワー・レンジャー』と比べても、本作のほうが、バイバイキーン!の清々しさ、役者への共感度、共に上だった。

ただ、『野獣』を演じたダン・スティーヴンスのヘタレ度と、顔と体のバランスの悪さが気になり過ぎて笑
みか

みかの感想・評価

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B級SF映画感溢れる設定とアンハサウェイ主演の意外な組み合わせにつられて。

観てるうちに、B級SF→ホラー→戦うヒロインものと毛色を変えていく不思議な映画。
べりい

べりいの感想・評価

3.8
アン・ハサウェイがダメ女で怪獣とシンクロするってだけで気になってしょうがなかった。
見終わって、「自分もどうしようもない自分に落とし前つけないとな」と思わされた。
この映画の監督、知らないなと思ったけど実は過去作のエンド・オブ・ザ・ワールド、タイム・クライシスを前に見てた。
粗も目立つし、こじんまりしてるし間違いなくB級だろうけどガツンとくる。
目がくりっとして超かわいいアン・ハサウェイが呑んだくれダメ女という設定だけでもポイント高かったのに
女を束縛する男の陰湿なDVがテーマというお話でなかなか面白かった。
それにしても登場する男も全員ダメ野郎過ぎると思うぞ。
2017年の映画館はこれで行き納め。今年、映画館での鑑賞は30本でした。もっと行っていると思っていたけど、勘定してみるとそんなもんなんですね。

この映画、何の情報も持たず、タイトルとポスターからポップなもしかするとコミカルな怪獣映画かと思いつつ映画館へ。「起」はそんな感じ。話は25年前のソウルから。なぜかモンスターが現れて。場面は変わってアル中のいい年したグロリアが彼氏に追い出されて故郷へ。故郷の家はぼろぼろで、かばんを枕に寝ることも。故郷の町で幼馴染と出会って彼のやっているバーでアルバイト。

そんな中、それまでトンと出現しなかったモンスターがまたまたソウルに出現。なんではグロリアはそのニュースが気がかりで仕方が無い。と、モンスターが自分とシンクロしていることを発見する。発見すると自慢したくなりますね。そこからだんだん塩辛くなります。

この映画を見ていて考えたこと。昔高校の数学の時間に習った
「1+1=3であるなら、私が大様であることが証明できる。」
という定理。一つの体系の中に一つ矛盾を入れると、真実も偽りもなくすべてが証明できてしまう。グロリアは、1+1を3にしようとして、偽の方を良しとするやつと対峙しないとならなくなる。

シンクロして暴れるモンスターはSNSに匿名で何かを書く行為のメタファーかもしれませんね。世界の反対側で暴れることもできるし。とか考えながら。

ラスト、アンハサウェイの困った笑顔が素敵でした。
ゆっけ

ゆっけの感想・評価

3.5
アン・ハサウェイが、ヘイトに向かって主張した映画。

職ナシ、家ナシ、彼氏ナシ、さらにアル中のダメウーマンを演じています。
ただ、それ以上にダメダメな奴が出てきます。。。。

怪獣とシンクロするという斬新な設定で、それだけで面白いですが、
決して怪獣と戦うことを主題にしているわけではないので、そっち関係の過度な期待は禁物。

あくまで、人間ドラマとして見ると面白いです。
はちゃめちゃな展開と思いきや成長物語として落ち着く不思議な映画でした。
すみ

すみの感想・評価

3.9
内なるモンスターと闘う映画。
今年観た映画で一番怖かった…。
一言で言うと、「狂歌」みたいな映画だ。
本作は、主演のアン・ハサウェイが製作総指揮も務めている。見てみると、その理由がわかる。

ネタバレを含まずに本作のテーマ的なものを説明するのはなかなか難しいけれど、この作品には中盤から「敵」が出てきて、怪獣とシンクロしたヒロインの前に立ちはだかる。それが象徴してるものがなんなのか、というお話だ。

だから、特撮映画だヒャッホウ!と思って観賞すると、「あれ……」ってことになる。この映画は、かなり、いやとても、メッセージというか思想が強い。エンタメとは真逆にある作品だ。

狂歌というのは、腐敗した政治とかを揶揄するときに、そのまま書くと打ち首とかになるから、バレないように歌に混ぜて「わかる人はわかる」感じで作られたもの。

本作もそういう感じで、怪獣映画に見せかけた思想映画だ。宗教的なものじゃなく、現代社会におけるヒエラルキーへのアンチテーゼというか。

映画の中には、作り手がある強烈な思いを届けたくて生み出すものがあって、それは音楽とか漫画とか小説とかでもそうだけど、僕はそういう作品に出合うと大抵「ウッ」ってなる。カルピスを原液で飲まされたような感じだ(たとえが貧困!)。

だからこの作品を肯定することも、否定することも、ない。受け止めるだけで精一杯だ。そしてそれで良いと思う。共鳴する人もいるだろうし、拒絶する人もいるだろう。ただ、作品を見た人々に対し、届けることはできた。それだけでも、多分この作品は成功だ。

ただ、この作品を手がけたということは、アン・ハサウェイはこれまでの人生の中で相当苦労してきたんじゃないかと思って、アンチに晒されたり理不尽なことを言われたり、なんだかううう……と思った。

1つの作品としては、無理がある部分も多いし、かなり見る人を選ぶとは思う。ただ、作品に込められた強烈な思いは、見た人がぽいっと捨てるには重すぎる。

ある意味、ワインスタイン騒動に先んじて「女性の叫び」を描いた貴重な作品と言えるかもしれない。それをアンが成し遂げたという事実は、賞賛されるべきなんじゃないかと思う。