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父を探してのCOZY922のレビュー・感想・評価

父を探して(2013年製作の映画)
4.0

どの地点でもいい。大人になってこれまで歩んできた人生を振り返る時、過去ゆえに俯瞰的に見ることができたりする。今の目線とその時見ていた目線。子供の頃きらびやかに見えていたものが ちっとも美しくなかったり、つまらないと思っていたことが どうしようもないほど愛おしく感じられたり。今いる場所は目指していた場所なのか、これから自分が目指すべき場所はどこなのか。ラストまで観ると、そんな瞑想に身を委ねて、思いを巡らしてしまう。

ブラジル発の長編アニメーション映画。セリフもテロップも無く描かれるのは、出稼ぎに出た父親を探して旅する少年。ほのぼのとしたビジュアルのキャラに、クレヨン画や色鉛筆のようなタッチ、押し寄せる色彩の洪水。それはまるで動く絵本のよう。けれど、物語はその第一印象とは裏腹な風刺的、哀愁的、包容的メッセージを放っていた。セリフの無い映画が如何に饒舌かを思い知らされた映画でもあった。

家畜が草をはむ平原の小さな家から外界へ出た少年の目に映るのは厳しい現実。スモッグに満ち、車や無機質なビルに囲まれた味気ない風景。真面目に働いている人間でも住めるのはスラム街の狭い部屋。そして 合理性を追求する社会の摂理であるかのように年老いた者は追われ、人手でやっていた仕事は機械に置き換えられてゆく。近代化の中で人が歯車のように扱われるブラジル社会。

父が吹いてくれた思い出の笛の音は、そんな世知辛く厳しい世の中で沈みがちな少年の心をいつも励ましてくれたことだろう。たびたび出てくる このメロディーは何気なくて のほほんとしているのに、映像の鮮やかな色調効果もあってか 不思議な力強さと温かさがある。少年がメロディーに耳をすますたび、音楽が流れるたびに 苦しい時に支えてくれるのは 日常のなんでもない幸せなんだなと思えて日々を大切にしたい気持ちが募った。

しかし、私が一番唖然としたのはラストの展開だ。待ち受けていたかのような事実に 軽い衝撃を受け、ノスタルジックな切なさと誰かに抱きしめられたような安堵感とが入り混じって一気に押し寄せてきた。厳しい社会に揉まれ、時には波に浮かぶ木の葉のように流され、社会に特に何の影響も及ぼさない平凡な人生。そんな密やかな人生でもその人生なりに意味があると言わんかのような優しさを感じるラストだった。
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