ベルサイユ製麺

父を探してのベルサイユ製麺のレビュー・感想・評価

父を探して(2013年製作の映画)
4.5
あぁ、なんかEテレのアニメみたいだねぇー、ってウトウトしながら見ていたのですが、途中でふと『ああ、こりゃとんでもないわ』と。線が生きている。書き損じのクレヨン線みたいなのが、風を受けて活き活きと踊っている。で、慌てて最初から観直しました。
大変な傑作です。手作業による抽象度の高い描線が、物語のトーンに合わせクレヨン画、水彩、削り絵、コラージュ、実写サンプリングと繋ぎ目なく姿を変えていきます。そして物語に文字通り彩りを添えていく、とても豊かな音楽。ぼんやり触れているだけで作品世界が身体に染み渡るようです。
お話そのものはタイトル通り、“父を追った記憶を巡る旅”という、結末の解釈を除けば子供でも理解出来そうなシンプルなものですが、その道程は波乱に富んでいます。作画も音楽もカラフルで開放的な序盤から、徐々にグローバリゼーションの波に呑み込まれる中盤以降は、直線的で反復主義的な表現に。
描かれるのは、強国による労働力の搾取・環境破壊・格差社会→ファシズムの台頭と、誰しも無関係ではいられない様なシビアなものです。個人的には(普段黒い服を着ない事もあって)多様性の象徴の様な色とりどりの線で描かれた大鳥が、真っ黒な大鳥に滅多打ちにされるシーンには心が掻き毟られる様でした。…でも、私自身、愛用のソックスは悪名高きH&Mだったりするんですよね。はぁ…。

考える程に多様なテーマを内包する今作ですが、『こんなことは間違っている!』などと声高に叫んだりしない間口の広さが確保されていますので、気負わずに見て欲しい。老若男女国籍問わず、誰でも楽しんで頂ける素晴らしく豊かな作品です。何より、アニメーションでしか描き得ない内容である事が嬉しいです!アニメは良いぞ!

しばらく思い巡らすうちに、この作品に近い感触の表現がある事に気が付きました。シンガーソングライターの七尾旅人さんの作品群です。興味を持たれた方は是非彼の作品に触れてみてください。旅人経由からの今作、もバッチリだと思います!