カラン

父を探してのカランのレビュー・感想・評価

父を探して(2013年製作の映画)
4.5
パッケージが予想させる「可愛い」感じは、映画が進行するほど消えていく。事態は深刻である。

本作の公開の翌年、2014年はブラジル二度目のワールドカップが開催された。開催国ブラジルは信じがたい点差でドイツに粉砕される。2002年の日韓ワールドカップの際には、陽気なブラジル人たちが、ドイツの強面の守護神の手を文字通り粉砕し、花吹雪の中で優勝カップを持ち帰っていった。それが、自国開催の大会でブラジルは1対7でドイツに負け、プライドも、開催強行の《大義》も破壊されることになった。タレントが揃っていなかっただけではなかった。ベスト4に至るまでに選手達は試合前に国歌が流れれば涙を流し、チリ戦のPKではキックの順番を変えてくれるように監督に頼む始末で、天に祈りを捧げていた。選手達は異常な精神状態だった。優勝する以外になかったが、ドイツ戦に続く3位決定戦でも、オランダにやられる。ブラジル大統領が「国にとって悲しいこと」とツイートするのももっともな結末である。

ブラジルが負けてはならなかったのは、サッカーの試合だからというだけではなかったのだ。開催をめぐって、市民にゴム弾とはいえ、発砲する事態にまで、民衆と政府の軋轢が発展していたからだ。ブラジルの青い空の下で建造中のモダンなデザインのスタジアムの写真を見たのだが、その外では、バスの運賃の値下げから始まったデモが膨れ上がって、軍隊の出動にまで至る民衆の蜂起が行われていた。これが、ブラジルワールドカップの裏側であり、出場した選手への異常なプレッシャーの正体であり、ブラジルの抱えた欺瞞である。権力を握る者たちが富を交換し合って、ゴミ溜めの中に貧しき者を追いやり、非人間的な労働を強制し、さらに搾取する。

なぜ、政府は貧しい者を助けようとしないのか?なぜ、サッカーのスタジアムを新造する前に、病院と学校を作り、健全なインフラを整備しないのか?なぜ、ワールドカップ開催の利益は、贈収賄の権化のような連中の懐に消えていくのに、貧しい者がスタジアムの建設中の崩落によって、死んでいくことになる労働を、日銭と引き換えにしなければならないのか?なぜ、「なぜ?」と問いかける立場の弱い人間に銃が向けられることになるのか?

こうしたデモは、おそらく市民運動家たちが世界の注目を引くようなワールドカップというイベントに着目して、行ったものなのだろう。しかし、ワールドカップや都会の喧騒をよそに、牧歌的な農村が実は過酷で凄惨な状況にあった。そうした世界の盲点でブラジルの民衆が抱いた苛烈なエモーション、つまり怒りと悲哀こそが、この映画の軸となる。この映画に、戦車や装甲車、盾を構えて黒々としたファシストの兵隊のような当局が出てくるのは、偶然ではない。




『父を探して』

小さな白い家に父と母と子が暮らし、家の周辺で作物を育てて暮らしている。このような感傷的でいかにも家族小説に出てきそうな家が、さしあたっての物語の開始地点である。しかしこの開始地点は、永遠に失われ、いつから失われて、誰に責任があるのか、全て判然としなくなり、茫洋と広がる喪失感を残して、廃墟となる。

ブラジルの怒りと悲しみを、パステルを使って、単純な描線だが、豊かな色彩で描く。キャラクターの表情は、ムンクの『叫び』ほどに張力がきいたデフォルメというわけではないが、その表情は危うく髑髏になりそうで、最大限に明るい場面でも一抹の不気味さは拭えない。ストーリーは、オートメイションが進み、小さく貧しい農村から、工業社会に変わるブラジルで、自分の着地点を探すというもの。『父を探して』というタイトルであるが、確かに父を探すのが映画の大半のストーリーでだが、いささかmisleadingなタイトルではある。物語はエンディングに近づくと、『息子を探して』であったのか?と思わせるかのような、展開を示す。いやたぶん、父とか息子とかいう家族心理や性差に基づく役割が問題なのではない。ここに描かれているのは、ブラジルの自己喪失だろう。売れなそうなタイトルだが、『ブラジル、見つからない自分を探して』というのが妥当なのかもしれない。


シェル・シルヴァスタインの絵本The missing piece 『ぼくを探しに』をパステルで描いたかんじであろうか?それに富の搾取と分配、自然破壊、民主主義、技術の功罪、ブラジルの警察と軍隊、大量生産式のファストファッションと貧民の労働といった社会問題を混ぜこぜにして、居場所を失う個人を、激しい怒りと、郷愁よりも物悲しいエモーションで語る物語だ。本作の前年に公開されたアイルランドの神話をベースにした『ソングオブザシー』も、父と母と子を巡って自然との共生が語られていたが、この『父を探して』はそちらより自分が語らねばならない話しをよくわかっており、製作サイドの悲しみと怒りでリアリティに溢れている。

セリフはない。一部会話のシーンがあるが、たぶん何語でもない。文字も反転していて読めるものはでてこない。




☆ファストファッションと疎外の論理

ブラジルは、ダルドリーの『トラッシュ』でもそうであったが、貧困を救済するのではなく、貧者を搾取するような社会構造が大きな、大きな問題になっている。この問題はユニクロのようなファストファッションを生み出し、日常的に《貧しき者の労働》に依存している私たち日本人も、南半球やバングラデシュ、ベトナム等のアジアの人間を疎外するサイクルを回す片棒を担いでいるのだ。

綿花の産業に関する一連の描写は見事である。綿毛にふわふわとした山の中で、子供と犬の戯れ