山河ノスタルジアの作品情報・感想・評価

山河ノスタルジア2015年製作の映画)

山河故人/Mountains May Depart

上映日:2016年04月23日

製作国:

上映時間:125分

3.7

あらすじ

1999年、山西省汾陽(フェンヤン)。小学校教師・タオは炭鉱で働くリャンと恋愛関係にあった。 だが、タオはリャンの友人の実業家ジンシェンからプロポーズを受け、結婚を承諾する。傷心のリャンは二度と戻らない覚悟を決めて故郷の街を離れていった。やがてタオは男の子を出産し、ジンシェンは息子を“ダラー”と名づける。 2014年。ジンシェンと離婚し、一人汾陽で暮らすタオ。タオの父親の葬儀に出席するため、…

1999年、山西省汾陽(フェンヤン)。小学校教師・タオは炭鉱で働くリャンと恋愛関係にあった。 だが、タオはリャンの友人の実業家ジンシェンからプロポーズを受け、結婚を承諾する。傷心のリャンは二度と戻らない覚悟を決めて故郷の街を離れていった。やがてタオは男の子を出産し、ジンシェンは息子を“ダラー”と名づける。 2014年。ジンシェンと離婚し、一人汾陽で暮らすタオ。タオの父親の葬儀に出席するため、数年ぶりにダラーが戻ってくる。隔たった母子の関係を取り戻そうとするタオは、ダラーがジンシェンと共にオーストラリアに移住することを知らされる。 2025年オーストラリア。19歳になったダラーは、長い寄宿舎生活のため、もはや中国語をほとんど話さなくなっている。そんな彼は、母親と同世代の中国語教師ミアと出会う……。

「山河ノスタルジア」に投稿された感想・評価

masayaan

masayaanの感想・評価

3.0
いまだ衰えぬセンスを誇示することもなく、直近では『罪の手ざわり』を撮ったこの監督の作品、という鑑賞前の期待と、傑出したフィルモグラフィーの中での相対的な評価という意味では、いささか肩透かしを食らった感は否めない。移ろいゆく時間と、変形してゆくスクリーン・サイズの中で、変わらないものもきっとあるのだろうが、傑出した第3章を堪能するには、前振りとなる第1、第2章が弱い。都市生活や上流階級(成り上り)の人物、あるいはファミリー・メロドラマという他の作家ではありふれているはずのスタンダードな題材は、むしろこの監督には不向きなようだ。いかんせん、人物らが泣きすぎている。

http://cinemaguide.hatenablog.com/entry/mountains-may-depart

と、いうわけで、ブログにもレビューをアップ。
pet shop boys好きだけど、何故か聞かないgo west...

この映画でのwestは西欧文化なのかしらって浅めの解釈をしてみたり...

実業家の子供に村上春樹感があるけど、背景がしっかり書かれているので、納得できる...
m

mの感想・評価

-
中国郊外の風景
mamiKO

mamiKOの感想・評価

3.5
ダンスシーンで始まるオープニング、春節を祝うシーンから先は、やり切れない事ばかり、綴られて行くのだけれど、不思議と心が静かになる。
登場人物が皆上手くはいっていない、でもいい方へ向くように、諦めてはいない、前に進もうとしている。
問題を抱えながら、それでも日々は続いていく。
すべての人生に寄り添うように流れる山河。
波の音。タオ。

もう歌詞が思い浮かばないの。

ダンスは体が憶えている。
山河が流れる。
ジャ・ジャンクーのカメラは流れゆく時、変わってゆく国家と社会の姿を極めて低い地点から、大衆とくに若者の視点から描いている。超然として傲慢さすら感じさせるような悪い意味での「巨匠」とは一線を画したものを、彼の映像は感じさせる。
Taisuke

Taisukeの感想・評価

5.0
やばめ
plantseeds

plantseedsの感想・評価

4.1

このレビューはネタバレを含みます

ジャジャンクー作品初鑑賞。

映画はまだまだミーハーの自分ですが、かなり良かったです。

自分の意志を確立しようとする、ダラー。
親に翻弄され生きてきて、自己不在に陥る彼。
疑問を感じた彼は、自由を求め親からの離別を図る。

自由の定義について作中にも触れられていますが、難しいところではありますが、
彼が自分の自由に向かって走り出したことには共感というか、応援したい。

これから、色々な困難が待ち受けているでしょうが、本当に自分の意志でもって生きる人間の幸福を信じたい!
彼のような人間の創造性を、自分勝手な解釈で、周囲の人間が阻んではいけない。
そこに、人間の未来があり、本当の意味での人生の成功があると私は思います。
はるな

はるなの感想・評価

3.5
踊るタオ。波。火薬。
互いが歪にクロスする切なさ。
久々の中国映画。
中国映画って単館上映のものが多くて、第2外国語で中国語を履修してた学生時代はよくコアな映画館に行っては「中国映画って、重いよね〜〜。逃れようのない運命への諦念と哀しみの呪縛にヤラれるよねぇ、、、」とか友達と語ってたもんだけど、そういう作品もホームビデオで観られるようになった、、、、、。
時代の流れって、スゴい、、、、、、。

ハリウッド映画のように単純じゃなく、フランス映画のように哲学的な重さではなく、日本映画のように親切過ぎる説明もない。
淡々と続く情景の中に、“見るべきものを観よ”と観客に委ねるのは、昔と変わらないけれど、中国映画がこういう作品を作るようになったのか、、、、というのが既にノスタルジー。
ま、映画も時代と共に変わるよねぇ、、、今の日本映画の多くが漫画やノベライズものが原作だったりするのも“流れ”だもんね。

バブル期のお金持ち(成金)の親が挙って「小皇帝」に《国際教育》を受けさせようと、インターナショナルスクールに入れたり、子どもだけをアメリカやオーストラリアの寄宿学校に送ったりした時代が確かにあり、その子ども達と親とが、共通言語がないが故にお互いに意思疎通ができなくなっている一部の中国の現実がペットショップボーイズの『Go West』とオーバーラップする。

母国とは?故郷とは?母語とは?家族とは???
時代のうねりの中、変わりゆくもの、そして、どんなに年月が流れても決して変わらないもの、、、、、。
それを、90年代の広東songが想起させる。

このレビューはネタバレを含みます

2016年9月24日、早稲田松竹にて鑑賞。(ジャ・ジャンクー監督作品2本立て)

過去(1999年)、現在(撮影当時の2014年)、未来(2025年)での人々の素晴らしいドラマが、綺麗な景色を背景に描かれた壮大なる大河ドラマ。 

1999年、ペットショップ・ボーイズの歌『ゴー・ウエスト』に合わせて、踊っている若者たち。
爆竹が破裂する春節。 
「マカオがもうすぐ返還される」という市井の人の発言が時代を表現している。 
また、「新世紀に向かって…」という人々の希望を表現するセリフもグッド。 

タオ(チャオ・タオ)という女性を巡って三角関係になるリャンズー(炭鉱夫)とジンシェン(事業家)。 
リャンズーがジンシェンを殴ると、ジンシェンは彼を殺そうとして拳銃を入手しようとするが出来ず、爆薬を車に積んでいる。 
しかし、リャンズーは自ら町を去り、ジンシェンがタオと結婚することになる。 
女性タオのタオの意味は「波」という意味らしい。 

すると、ここで再び「山河ノスタルジア」のタイトルが出て、「何だ?」と思ったら、2014年に物語が飛ぶ。 
リャンズーは炭鉱夫の生活で身体を壊していた。妻子あり。 
その後、いろいろと物語が描かれる。 

更に、物語は、2025年に飛ぶ。 
タオの息子は青年になっており、母親の記憶はなく、父親との確執。舞台はオーストラリア。 


素晴らしい傑作であった。
>|