たかが世界の終わりの作品情報・感想・評価

たかが世界の終わり2016年製作の映画)

Juste la fin du monde/It’s Only the End of the World

上映日:2017年02月11日

製作国:

上映時間:99分

3.5

あらすじ

「たかが世界の終わり」に投稿された感想・評価

「人は様々な動機に突き動かされて
自らの意志でそこから去る決断をする
振り返ることもなく…

(そしてまた)同じようにー
戻ろうと決意する理由も数多くある

こうして長い不在のあと、僕は決めた
自分が来た道をたどろうと

僕の死を告げるために」


12年振りにルイ(ギャスパー・ウリエル)が家族のもとに帰ってきた

息子を溺愛する母親(ナタリー・バイ)
幼い頃に離れて幻想の中で兄を恋慕う妹(レア・セドゥ)
ルイにコンプレックスを持つ激情派の兄(ヴァンサン・カッセル)
初めてルイに対面する慎ましい兄嫁(マリオン・コティヤール)


それぞれの家族が、それぞれの感情で
少し興奮気味に少しぎこちなくルイを迎えるのだが…



果たしてルイは、大事な告白を遂げることが出来るのか?

そして、家族との空白の年月を埋め、最後の時間を過ごすことができたのだろうか?



上質な戯曲を観ている様

すべてが刺激的で、細胞が覚醒する


エキセントリックな演出に煽られ、逆接に翻弄された中で見えてくる、ある確信


「たかが世界の終わり」
こんなに素晴らしい題名を私は知らない


そして、こんなに美しい愛の物語を私は知らない




以下ネタバレ





もし


利己的に見える言動が、実は相手の為だったと知ったら


もし
見えていることが真実ではなく、まったく見えていないことが真実だとわかったら




絡んでしまった糸がすーとほどけていくように

がんじがらめの魂が解き放たれていく


「怒りも、憎しみも、悲しみも
 そのすべてが “愛” だと知る」byグザヴィエドラン



たくさんある好きなシーンの中でもラストは秀逸


家族の激情が去り静かになった部屋で、ルイがひとり……その眼差しにもう迷いはない

実家の空気を静かに深く吸い込み、光の中へ力強く出ていく、ルイ



このシーンのすべてを目に焼き付けたい



グザヴィエ・ドランは天才
Kuroita

Kuroitaの感想・評価

2.2
すみません、あいませんでした。
最後まで観るのが辛かった。
寝てしまう映画って短くても寝てしまうし、逆にどんなに長くても集中して観れる映画ってあるんだよなぁと思うところ。


最後の小鳥が示すように、「鳩時計の鳩でさえ、あの家から飛び出したいくらい居心地の悪い環境だ。だから家を飛び出した。」ということかな。


原作は「"まさに"世界の終わり」だけど邦題は「"たかが"世界の終わり」なんだよね。そこが違うだけで「世界の終わり」が意味がするものがガラッと変わるなぁ。
"まさに"だと、「この映画で描かれている家族が世界の終わりのようである」となり、"たかが"だと、「世界の終わり」が主人公の死を意味するような感じになるから、「崩壊しているこの家族に比べたら、たかが世界の終わりなのだ」というニュアンスになる。

これ以上ない、素晴らしい邦題だと思う。
Kae

Kaeの感想・評価

2.5
ほとんど喧嘩シーンで疲れた、、
さゆ

さゆの感想・評価

3.5
8月の家族でも思ったのですが、、
何故怒鳴りあったりするんだろ、、、。
もう少し人に優しくできたら、思いやりがあったらって思う。

後悔してからじゃ遅いのに、、。
ゆか

ゆかの感想・評価

3.5

このレビューはネタバレを含みます

題名が変わってて気になってた映画。

あらすじ読んで重たそうだなと思ってたけど想像以上に重たくて難しい話だった…
家族だからこそある距離感とか愛情とかなんとなく共感できるところがあったけど、理解できないシーンが多かったし辛かった。

最初見たときはお兄さん最低だな、ひどいやつだと思ったけど、見終わってネットの解説読んだら見方が変わった。

もうちょっと大人になってからまた見てみたい…
ぴょん

ぴょんの感想・評価

4.5

このレビューはネタバレを含みます

とにかく映像が綺麗でひきこまれました

自分にとっては世界が終わるようなことでも人からしたらなんでもないことなんだと、たとえ家族でも価値観のズレがあるんだと思いました
i

iの感想・評価

4.9

このレビューはネタバレを含みます

ほんとは皆気づいてる?
お母さんは全部わかってて皆を繋ごうとしてる?
お兄さんは受け止めきれないから暴力で離そうとする
妹は把握しきれてない
兄嫁は察して見守ってる?

以下引用
「気付かないふりを続ける母:
ドラン作品において、母親は重要な意味を持つ。『たかが世界の終わり』にも個性的な母親が登場する。ルイの母マルティーヌは、明るくおおらかな雰囲気の女性だ。場の空気が悪くなったらわざと明るく振る舞い、踊りだしてまで和やかムードを演出しようとする。しかし、マルティーヌが敢えてそうしていることは明白だ。おそらくマルティーヌは、ルイの死期が近いことに気付いている。そういった原因でもないとルイが帰ってこないことを知っているのだ。ほとんど本音を口にしないマルティーヌの心情まで見事に表現していたナタリー・バイの演技は見事だった。

本音を隠し続けているマルティーヌが、ルイと2人で語り合うシーンが一か所だけ登場する(といっても、ほとんどマルティーヌが一方的に話している感じなのだが)。マルティーヌは、本当ならばルイに家長になってほしかったこと、妹と兄にいたわりの声をかけてほしいことを伝える。このお願いの裏に「本心でなくてもいいから」というニュアンスが込められているのがつらい。マルティーヌは、ルイに踏み込むことができない。「あなたのことは理解できないけれど、愛している」というマルティーヌの言葉は、本作を貫くテーマでもある。

強い嫉妬と深い愛:兄アントワーヌ

兄アントワーヌは、本作の中で最も粗暴で不愉快なキャラクターだ。最初から不機嫌で、なんでもない発言に激昂し当たり散らす。妻カトリーヌはアントワーヌに対してビクビクしているし、妹シュザンヌは明らかに軽蔑している。母マルティーヌはどこか諦めているようだ。

途中、カトリーヌの口からアントワーヌの心情がルイに伝えられるシーンがある。ルイが家を出た後、アントワーヌは自分を認めてくれない母にずっと寄り添い、結婚し子供までもうけた。それなのに、母と妹は久々に帰ってきた弟を歓待し、自分には文句ばかり。妻すらも弟にシンパシーを感じている様子。そりゃあ、やりきれないよな……と、【放蕩息子のたとえ話】を思い浮かべつつ、アントワーヌの嫉妬も無理はないと思わせられるが、本作が描いていたのはそれだけではなかった。

弟と2人で車に乗り買い出しに行くシーン。遠回しに打ち明け話を始めようとするルイに対して、アントワーヌは異常に怒る。「お前のそういうところが嫌いだ」と我を忘れるアントワーヌ。そして、アントワーヌはルイに対し、かつてルイの恋人だった少年が死んだことを告げる。私はこのときに初めて気付いた。「最初からルイは誰にも謝ったり感謝したりしていない」ということに。

『たかが世界の終わり』において、【放蕩息子のたとえ話】から抜け落ちている要素は、父親だけではなかった。弟の謝罪も抜けていた。ここからは完全に私の想像になるのだが、おそらくルイが家を出たのはその少年との恋愛が直接の原因になっていて、アントワーヌはそのことを知っている。ルイが少年のことをどれほど愛していたのかも。ルイの過去や秘密もひっくるめて家族を守り続けてきたアントワーヌ。そんなアントワーヌに対してすら、興味もなければ正面からぶつかる気もないルイのことをアントワーヌは許せなかったのだろうし、ルイの態度から彼の死期が近いことを確信し、絶望したはずだ。アントワーヌの怒りは、ルイへの憎しみとルイへの愛情の爆発だった。

声をかけて自分を認めてくれる父もなく、弟からの心からの謝罪もない。そんな状況で、【放蕩息子のたとえ話】の兄は、なにをよすがにすればいいのだろう?ルイに対する深い愛情と、深い絶望。私は、アントワーヌこそ本作の真の主人公だと思っている。

カトリーヌ同様、アントワーヌもルイがエイズを発症していると予想しているはずだが、終盤でついに打ち明けようとするルイの言葉を、アントワーヌは強引に遮る。それはルイに対する断罪であると同時に、身を挺して家族を守る行為でもあったろう。アントワーヌはこうしてずっと家族を守ってきたのだ。もちろん、ルイのことも。アントワーヌが決定的な言葉を遮ったからこそ、同情や嫌悪や永遠の別離の言葉ではなく、ルイは「次はきっと大丈夫だから」という母の愛の言葉を聞くことができた。母もまた、もう会えないことを分かっていながら、ルイにこう声をかけることができたのだ」
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