MANA

ハーモニーのMANAのネタバレレビュー・内容・結末

ハーモニー(2015年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

「わたしの心が、幸福を拒絶した。」

あらゆる病気から人々を守る優しすぎる世界に対し、自分たちの「答え」を突きつけたある少女たちの物語。少女たちの少女たちによる少女たちのための映画。
※内容は大人向け(笑)

伊藤計劃先生の作品は哲学的で難しいけど面白い!私こういうのが大好物です、後味すっきりしないタイプの哲学的映画。笑

優しすぎる残酷な世界での少女たちの生き方が、あらゆる問いを私たちに突きつけてくる。

実際、すべての病気を克服できる世界が訪れたとして、アルコール・お菓子・タバコといった、現世界中に愛好者が多い嗜好品がすべて摂取禁止の裏商品になったとして、体の隅々まで監視され続ける球体を体の中に埋め込まれたとして。
私が「私」で在る瞬間はどこなんだろう?

病気がない世界は素晴らしい。
でもいいことだらけだろうか。
病気にならないけど、お酒を飲んで笑うこともない。
病気にならないけど、おっさんたちの大切なタバコミニュケーションもない(個人的にはスモーカー全滅しろ派←)。
病気にならないけど、全世界の女子たちは美味しいスイーツを頬張れない。

人間が人間らしくあるのは、一体どう在る状態なんだろう?

多少の毒を摂ることで免疫をつけるように、人間が人間らしく在るためには多少の毒が必要だと思ってる。
毎日生野菜、豆腐、フルーツ食べる生活してたら体は綺麗になるし、毎日適度な運動してたら長生きするかもしれないよ?
でも、それが自分にとって楽しいか、人間として生きてんな〜!って思うかどうか。
タピオカ飲みたいし、煙吸いたいし(私はノンスモーカー)、運動だるくて家に引きこもってゲームや漫画ばかりの生活もしたいじゃない?!

ミァハはそれを訴える。
Watch meを入れられて管理されるより、私の体は私の生き方は私が決めるのだと主張する。
こっそり酒やタバコを嗜みつつ、トァンは考える。
ミァハの生き方に惹かれながら、彼女に続くことが出来きれなかった自分への悔しさを滲ませながら生きる。
未だにミァハを想い続ける自分がいる。
社会に迎合しきれない自分がいる。

オタクのぼやき:
カリスマ的で自分を持っているミァハ、彼女に惹かれるトァンとキァン。
キァンの死に方はなかなかえげつなかったな……でも、きっとキァンみたいな人が多いんだと思う。

結局、キァンにしたことはミァハの復讐だったのかな?世界へのメッセージ?3人で心中キメようとしたのに、怖気付きやがって、みたいな?いや、自分の存在の主張?
それとも…全部かな。
怒ってたのかな、ミァハは。
ルンルンな姿からは彼女の心の底が計り知れない。それはきっとトァンも同じ。

ミァハの言いたいこともわかる。私もこんな世界はちょっとやだな…
でも私も結局トァンやキァンになってしまうことだろう。社会を受け入れてしまうのが大多数の人間の性だから。

ちょい百合な展開が個人的にオイシい展開でした…//

美味しく酒を飲めるこの世界を、
美味しい甘味があるこの世界を、
愛したミァハだからこそ、変わってしまった世界を憎んでしまった。

あ〜〜尊い!
もう一回原作読もう……
未読の方はまず原作からがオススメ…(世界観がわからないと映画難しめです^_^)
MANA

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