カツマ

あの日のように抱きしめてのカツマのレビュー・感想・評価

あの日のように抱きしめて(2014年製作の映画)
4.2
不死鳥が羽ばたいた先に空はなかった。そこは未だはびこる灰の中。戦争という悪魔に喰われた愛の残骸。もう伴奏もないスピーク・ロウはただ淡々と流れゆき、美しい寂寥感の元へと溶けていく。ナチスドイツの闇を一つの愛の挽歌に乗せて送る現代版フィルムノワール。待ち焦がれていたあの日はどこかへ消えていき、その音楽は懐かしいままに記憶の底へと沈んでいった。

ドイツの鬼才クリスティアン・ペッツォルトは1961年に書かれた小説『帰らざる肉体』にヒッチコックの『めまい』の要素を融合させ、擦れ違い続ける男女による愛の迷路を描き出した。物語は淡々と進み、実像は見えないままに確実に墜落していく。すぐ目の前にある出口に気づかずに、寂寞とした絶望を抱えながら生き地獄へと放り出される、そんな映画でした。

〜あらすじ〜

舞台は1945年6月、敗戦直後のドイツ、ベルリン。強制収容所から奇跡的に生還した元歌手のユダヤ人女性ネリーは、顔に大怪我を負い、整形手術が必要なほどとなっていた。親友のレネの助けもあってネリーは無事顔面修復手術に成功するも、それは元の顔に似せた別の顔だった。
ようやく探し当てた夫のジョニーは顔が微妙に変わってしまったネリーに気付くことができず、あろうことか彼女に自分の死んだはずの妻になりきってほしいと依頼をすることに。ジョニーの狙いはネリーの一族の財産であり、彼はネリーが生きているとは思いもしなかった。すぐ目の前にはかつて愛した妻が帰ってきていたというのに・・。

〜見どころと感想〜

灰のような戦後のドイツを象徴する痛みと疑心暗鬼が蔓延する世を舞台に、男と女の鎮魂歌がただただ皮肉と悲劇の警鐘を鳴らし続ける物語。ヒッチコックの『めまい』と同様に男は女をかつて愛した人に似せようとするのだが、決定的に違っているのはそこに邪な気持ちがあるか無いかだろう。胸が張り裂けそうになりながらも、愛した人と擦れ違い続ける悲しみの連鎖の幕が開く。

この映画には『あの日のように抱きしめて』というロマンチックな邦題が付いているが、そんな男女の再出発ラブストーリーを期待していると、思わぬ大ダメージを食らうだろう。ドイツ映画らしいラストカットは鮮烈であり、また妥当でもあった。個人的にはロマンチックな話だったと思いたい。あのエンドロールの先にどんな未来が待っているか分かっていたとしても。

〜あとがき〜

ヒッチコックの『めまい』が好きならば読める展開、しかし、ラストシーンは忘れ得ぬ余韻を残してくれる作品です。
間違いなく好き嫌いが分かれる作品かと思うのですが、ヨーロッパ映画が好きな人には恐らく刺さるであろう徹頭徹尾フィルムノワールの世界観が貫かれていて、その陰影の濃さにはそれこそ目眩がするほどでした。どうやらこの監督の作品は好みのようなので、これから更に掘り下げていきたいと思います。