木津毅TsuyoshiKizu

ディーパンの闘いの木津毅TsuyoshiKizuのネタバレレビュー・内容・結末

ディーパンの闘い(2015年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

 近年のヨーロッパで起こったことを踏まえつつ、2015年という年を記録する映画となるだろう。主人公の疑似家族はスリランカ移民であり、だからここで音楽リスナーはすぐにM.I.A.のことを連想し、彼女が2015年という年を記録した“Borders”を思い出すからだ。『ディーパンの闘い』は、そう、2015年が境界と越境の年であったことをわたしたちの記憶に刻みこむ。

https://youtu.be/NpttHOHEKMo
(僕があらためて言うまでもないですが、この映像を2015年にきちんと残したM.I.A.の勇敢さと責任感の強さはもっと讃えられてもいいはずだと思います。)

 ディーパンは国境を越え、そして様々な「ボーダー」を越える。偽物の家族が切実な共同体としての家族へと近づくことで、彼は「移民」というレッテルを徐々に剥がしていくことになるのだ。団地の管理人となった彼は、ある種の自分の「城」としてそこを守る衛兵の佇まいを得ていく。守るべきものができたとき、境界を越えてきたはずの彼が自ら境界線を引くこととなるのは皮肉めいているが、しかし映画ではそのあと雨が降るのである。映画にとって雨というのが重要な転換点になるのは言うまでもないが、その雨がディーパンの境界を消していけば、彼は兵士へと変貌していくことだろう……。
 そこがこの映画のハイライトであり、その時点では『真夜中のピアニスト』とほぼ同調するのだが、その後の展開の違いがこの映画の評価の最大の分かれ目だろう。僕自身の考えでは、やはり本作の決着のつけ方は――これが2015年の映画だという観点から見れば――甘さが残ってしまっているとは思う。それが「仕方ない」ことだとも理解できるが、だからこそオディアールはもっと難しいところに挑んでほしかった。

 それにしても、ジャック・オディアールは男優の映画を撮る作家なのだとつくづく思う。男優の実存を捉えると言えばいいだろうか、『リード・マイ・リップス』のヴァンサン・カッセル、『真夜中のピアニスト』のロマン・デュリス、『預言者』のタハール・ラヒム、『君と歩く世界』のマティアス・スーナールツ、彼らがたしかに「そこにいる」と思わせる力が彼の画面にはある。香り立つ色気。そして本作のアントニーターサン・ジェスターサン。スリランカ内戦の元兵士であり、各地を流れた放浪者であり、逃亡者であり、そして作家でもある彼の実存がこの映画を支えている。ディーパンはたしかにこの世界に生きているのである。

追記:音楽はニコラス・ジャーです!! 2015年に出したいくつかの12インチといい、ジャーがますますその非凡さを発揮していくことを予見させられる一本でもあります。