神のゆらぎの作品情報・感想・評価

神のゆらぎ2014年製作の映画)

Miraculum

上映日:2016年08月06日

製作国:

上映時間:110分

3.7

あらすじ

時に人は、ただ奇跡が起きるのを待つしかない。 ともにエホバの証人である看護師と、末期の白血病を患うフィアンセ。老境にありながら情熱的な不倫を続ける、バー テンの男とクロークの女。互いへの失望を偽りながら暮らす、アル中の妻とギャンブル狂の夫。そして取り返しのつか ない過ちを償うためドラッグの運び屋となる、一人の男...。 彼らは気づかない。自分の決断が思わぬところで、他人の運命を変えてしまっている…

時に人は、ただ奇跡が起きるのを待つしかない。 ともにエホバの証人である看護師と、末期の白血病を患うフィアンセ。老境にありながら情熱的な不倫を続ける、バー テンの男とクロークの女。互いへの失望を偽りながら暮らす、アル中の妻とギャンブル狂の夫。そして取り返しのつか ない過ちを償うためドラッグの運び屋となる、一人の男...。 彼らは気づかない。自分の決断が思わぬところで、他人の運命を変えてしまっていることに。正しい選択とは何なの か。人間に許された最良の決断とは。複数の物語が過去と現在を行き来しながら、その終着点――墜落する運命に あるキューバ行きの飛行機へと向かう、深遠な余韻を残すヒューマンドラマ。

「神のゆらぎ」に投稿された感想・評価

これ以上ないぐらい綺麗に涙が出たなぁ
エホバの証人に属する彼ら一家を筆頭に、ギャンブラーやスマグラー、熟年不倫者の関係なさそうな人々が登場する。初期聖書解釈を真理とする信仰と、文字通りのスカイフォールによって結びつき、結果的には狂気じみた信仰を浮かび上がらせようとする。全ての人に一様に罰が与えられ、それを回避しているかに見えなくもないが……。
ドランのキワを往く役柄はハマっていました。
「飛行機が落ちるのは、全能の神が存在しないから」

世の中には生きるか、死ぬかより重い基準が確かに存在する

この日本でも実はエホバの信者は20万人以上いて、平成という時代にエホバ信者の輸血拒否事件という著名な判例も起きている

大学時代、再々履で受けた社会学概論の授業が少し役に立つ時がやっと来た、ありがとう大好きな小山教授…
宵

宵の感想・評価

4.3
印象はビフォアザレインの現代版。何かしら宗教を信仰しており、神が存在するという前提を頭に入れておく必要がある。車よりも安全だと言っていた飛行機が墜落。乗客には全てドラマがあり、それぞれが大切にしていた神があったはずで、しかし皆手を伸ばしてくれることなんてなかった。「〜をすれば神は......」神は?運命を変えるほどの救済をしてくれた?私たちの運命はどこで大きく分岐し決定づけられて行ったのか。エホバの証人を軸に信仰と倫理(別の誰かにとっては善と悪、だったり)のゆらぎは私たちのゆらぎなのか、神のゆらぎだったのか。
かーく

かーくの感想・評価

3.8

人生は普遍的で残酷だし、全能の神は存在しない
救いようのない内容だけど人間にも美しいところはある
神のゆらぎ…タイトルよい
宗教は善いことも悪いことも全て信仰した人の自己責任。のめり込むと命を落とすこともある
おちゃ

おちゃの感想・評価

3.1
珍しい映画だった。パッケージにビビッときて借りたけど、信仰してもしなくても運命は決まってるみたいな達観した内容だったのかな、もしそれならわたしはまだ受け止めきれない
世界には本当に多くの信仰が存在してるんだな....。神を信じたって信じていなくたって、運命は決まっている。エホバの証人の主人公も、死に際にいる人を助ける為に行った輸血が、結局意味のないものになったし、熟年不倫カップルと訳ありの男達も、飛行機事故で死んだ。まさに神のゆらぎ、、、。
八巻綾

八巻綾の感想・評価

3.1

このレビューはネタバレを含みます

信仰とはなにか?罪とはなにか?神の裁きとはなにか?"全能の神"に挑戦状を叩きつけるシリアスな作品だった。

エホバの証人の信者である看護師と、白血病のフィアンセ。ギャンブル中毒の夫と、アルコール中毒の妻。ダブル不倫に陥った中年の同僚カップル。過去の自分の過ちが許せず、金のために麻薬密売をする男。

【キューバ行きの飛行機が墜落する】という点を軸として、過去と未来を行ったり来たりしながら紡ぎ出される人間模様は、まるで蜘蛛が糸を張っていくように絡み合い、広がっていく。

この作品のキモになっているのは"エホバの証人"。私個人はカトリック教徒なのだが、私が認識しているエホバの証人と一般的なキリスト教との本質的な違いは、大きく分けると

①(キリスト教の原則である)三位一体の否定
②血に触れることへの拒否
③復活という概念の違い

という3点なのかなと思っている。本作で特に問題となるのは、②と③だろう。

エホバの証人は、血に触れることを拒否しているので、輸血を認めない。現実世界でも、これにより様々な訴訟などが起こっている。『神のゆらぎ』では、白血病の治癒と事故生存者の延命という2つの場面で、輸血に関しての精神的葛藤が描かれている。

「なぜここまで頑なに輸血を拒否するのか分からない」という人もいると思うが、その理由は上記の③にある。

一般的なキリスト教の"復活"は、死して魂が神の元にいくことを指す。しかし、エホバの証人における"復活"は、文字通り肉体も含めた復活を指す。

ハルマゲドンにより世界が滅びた後、再建された新しい世界において、新たな肉体を得て魂が復活することがエホバの証人の言う"復活"であり、信仰を持たない人々は、この復活を遂げることができない。無になる。

一般的なキリスト教は、たとえば極悪人であっても、死の間際に本当の信仰心を得られれば神の国に行けるとするのだが
エホバの証人は異なり、信仰心に基づいた厳格な掟を破った者は"排斥"され、やがて待つ新しい世界に復活することができない、としている。

だから、あのカップルはあそこまで頑なに輸血を拒否するし、看護師が、目の前にある命の重さのために掟を破ったとき、深い愛はあっという間に消え去ってしまったのだ。エホバの証人では死を迎えることよりも、死を迎えた後の方が重要なので、彼らにとっては当然の結果だった。

【飛行機事故が起きた=全能の神はいない】

作中で描かれるこの提示は、共感を得るだろう。「罪の重さに関わらず罰を与えるなんて、神は理不尽だ」残酷な事件や大きな事故が起こったとき、そう思う人は多い。

しかし、エホバの証人にとっては、本来意味を持たない言葉のはずだ。エホバの証人にとっては、敬虔なエホバ信者以外は全て滅びる運命なのだから。

しかし、看護師はその言葉を聞いて涙を流す。"確実に救うことができる人間"を2人も目の前にしている彼女は、事故に遭ってもなお生きている命を、見捨てることができなかった。教義上ではなく、実際の"死"を目の当たりにして、彼らの魂が無に帰すのを黙って見ていることができなかった。

掟を破ることを決めた後、彼女が遺族(正確には違うけど)に「命は助かりますよ」と自信を持って断言していたことが、
彼女がエホバの証人と決別したことを示していた。しかし、それは彼女が"神"を捨てたことになるのだろうか……?

……と、ここまで読んでいただいてお分かりのように、私は"信仰"を基準にして本作を鑑賞していた。終末論を唱えるエホバの証人の信徒が、リアルに迫る死と、物理的に救える命を目の当たりにしたとき、どんな選択をするのか?また、しないのか?

しかし、観る人によっては全く違う部分が基準になるはずだ。それは、登場人物ひとりひとりの心情かもしれないし、もっと普遍的な意味での命の重さかもしれない様々な視点からの観賞を許してくれる作品だと感じた。

淡々と、徐々に明らかになる各人のバックグラウンドや秘密、「生存者は誰か」といったミステリー要素、そして"神"という存在へ投げかけられたクエスチョン。

生きるとはなにか、死とはなにか、罪とはなにか、信仰とはなにか。

そして、愛とはなにか。

あなたは『神のゆらぎ』を観て、一体なにを考えますか?
リリコ

リリコの感想・評価

3.7

このレビューはネタバレを含みます

飛行機が墜落するのは全能の神が存在しないから…なるほど
無信仰のリリコには心情とか理解しづらいところもあるけど、全然楽しめた。場面がいろいろ変わるけえ飽きんし。
エホバの証人とか知らんかったけど、有名人にも何人かおるんですな。
人が何を信じるかとか自由じゃけど、無信仰のリリコからしたら違和感を感じるところもあったり。
信仰に縛られて命を落とすのはどうなの?って思ったり思わなかったり
生きてこその幸せだと私は思うし。
まあ難しいな。
とりあえず世界にはいろんな人がおっていろいろな考えを持っているということを理解するのが大事ですね。
自分の考えがすべてではないのである。
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