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サウルの息子のditaのレビュー・感想・評価

サウルの息子(2015年製作の映画)
4.5
@シネ・ヌーヴォX   

何度か自宅で観ようと挑戦したものの、冒頭の十数分で絶望し、再生を止めることでその場所から逃げ続けていた。今回地元の映画館で上映されることを知り、いよいよ覚悟を決めた。いざ観終わって、これは逃げ場の無い真っ暗闇の映画館で、まさに「体験」することが重要な映画だったんだと思った。何度も息を大きく吐き、何度もうつむきながら、目を逸らすな、耳を塞ぐなと自分に言い聞かせながら、わたしはその場所にいた。

果たしてこの場所に「人間」と呼ばれる者はいたのだろうか。支配する側は人としての感情を持たず、カポやゾンダーコマンドは人としての感情を捨てるしかなく、部品と呼ばれる人たちの命は命として扱われることはない。生き抜こうと励まされても「ここでは死んでいるのと同じだ」と言う彼が貫こうとしたことは、人が人ではなくなってしまった場所で、人が人であった証を残すことだった。既に狂っていたのかもしれない。でも、人としての最後の感情を絞り出して、ただひたすらに正しく「息子」を埋葬しようとする彼は、最後まで人だったと信じたい。彼が本当に埋葬したかったのは、自身の魂だったのかもしれないと思った。

ホロコーストは事実ではないと言う人たちは、この映画を観て何を思うのだろう。自分の手で人を殺めながら、自分たちのしたことに向き合わず、死体の処理をゾンダーコマンドたちにさせる人たちと同じなのではないか。語るのも辛い事実を語り続け、彼らの魂を繋ごうとしてくれている人の声を聞かないことは、それこそ大量虐殺をする側と同じなのではないか。
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