矢吹

サウルの息子の矢吹のレビュー・感想・評価

サウルの息子(2015年製作の映画)
4.0
主体を客観的に見るしかない。
客体も客観も見れない。
っていうのも、言葉がないし、未知だから。
主観はあるのに。わからない。
それが何を意味したかはわかるけど、意味しているかはわかりにくい。味だねえ。
ロングテイクと四角い画面。
狭くて何もわからない。人が多くて困る。
俺の命は数ヶ月。
その中にも現れる生活。
いきたい。囚人。
選べなかった人生。囚われた環境。

欲望や心理が全くわからず、会話もろくにしないから、台詞もなく、ただその行動を見る。
息苦しさは何もわからないこと。
希望がないこと。
イかれた日常のなかで、なんとかして、
ここまで積み上げてきたものがなんの意味もなさないからこそ。
主体が子供に変わる瞬間。
連れてこい。の緊張感。
ラストでやっと、新たな登場人物が現れる。
彼を客観的に見る。去る子供。
あのセリフが頭をもたげる。
死に方も、死なせ方も、埋め方も、忘れ方も選べない。
息子なんていないのか、わからない。
見せないということの大切さ。
わからせる。
でも、あまりにも乖離している日常だから、圧倒される上に、収まりが良すぎるラスト。
終始サウルだけのものだったカメラの効果。
銃声だけが、引かれた引き金だけが俺にはわかる。

笑顔とカメラのギャップ。
説明しなさすぎ、それは彼らの日常だから。
結果的には非合理的な生活の中の合理的な行動だけど、
誰がラビとか、誰がカポ長とか、班とか、
徐々に徐々にわかるから
シャワーの後に、仕事も給料もやる。意味も。
熱いシャワーを浴びせる意味も。
感情も思考もわからないまま、
作品についていくしかない。

とにかく逃げろ子供。死ぬまで生き延びろ。

予備知識なしで見て、
わからないことが多い方がいい。この映画は。
信じられることを信じましょう。
矢吹

矢吹