岡田拓朗

オーバー・フェンスの岡田拓朗のレビュー・感想・評価

オーバー・フェンス(2016年製作の映画)
4.9
オーバー・フェンス

誰もがその場所から飛び立てるのを信じてた

やっぱり現時点で、人生で最も好きな作品。
映画が好きな方であれば、本当に心の底から出会えてよかったと、生き方が変わるような衝撃や深みを与えてくれた忘れられない映画があると思いますが、自分にとっては今作がそれです。
自分を映画の世界に引きずり込んでくれたきっかけの作品。
自分にとってかけがえのない大切にしたい傑作は、2回目をこのタイミングで鑑賞して確信に変わった。

人生(生き方)、他者との関わり、普通という落とし穴、そこから来る行き違い、自己顕示欲、虚栄心、その解決の踏み台になることから来る怒り、爆発、破壊、狭い世界、他者との比較、そこから来る誤った優越感、乗り越えたい(乗り越えるべき)壁、自分に正直になること、向き合うこと、衝突、各々の価値観の受け入れ合い…全てが詰まっていて最後にそれをホームランという比喩で、乗り越える(飛び立つ)形に昇華される展開が圧巻すぎる。ラストがたまらない。

それは全て受け入れるだけでなく、乗り越えることであると表現するからこそ、これほどの深みと重みがあって、それが他の作品よりも傑作だと思う所以かもしれない。

そもそも踏み込まれたくない人(白岩)と踏み込みたい人(聡)、普通の基準が全然異なる2人が、付き合おうとする時点で、それぞれが自分を貫こうとすれば、衝突が起こることは避けられない。

でもその衝突を経て育まれるものこそが、強固な繋がりに発展し、自身の価値観に影響を及ぼし、自分を変えたり、逃げていた自分と向き合うきっかけとなる。
そんな人をどこかで求めているからこそ、衝突をしてもう会いたくもないとそのときは思っても忘れられないし、気にかかってまた会いたくなる存在となる。

過去にあった離婚(嫌なこと)は自分の想いと同時に押し殺して、その場をやり過ごすように生きていた白岩(オダギリジョー)が、良くも悪くも周りを気にせずに自分に正直に生きている聡(蒼井優)の姿を見て、触れたくない過去に土足で踏み込まれて、過去に向き合うことを決意し、清算し、自分に正直に生きる新たな人生の第一歩を踏み出した。
触れたくないと考えていた自分の過去に対して踏み込んだ聡が、白岩を変えた。

かたや、聡は白鳥のように率直に素直に美しくお互いに愛し合い、表現することへの憧れとその現実とのギャップから事あるごとに白鳥の求愛ダンスを踊っていた。(これこそが彼女の愛情表現であった)
やりもくに嫌気がさしつつも、本当の愛が欲しいからやめられない。
メンヘラと言ったらそこまでだが、そこで線を引かずにちゃんと背景があった。
それを救ったのが、白岩だった。

自分のことをぶっ壊れてると思ってる人と誰かをぶっ壊すと思ってる人。
結局全部それぞれの考える「普通の行き違い」から起こっていただけで、その普通をどれだけ衝突と受け入れ合いで、繋がりに転化していけるのが大切なんだなと。

普通に普段行っていることが相手にとっては普通ではなくて、それは伝えられないとわからない。
「普通」の定義がなぜかそれぞれにはあって、そこから外れるだけで、自分では普通だと思っててもなぜか心配されることがあるし、嫌悪感を持たれることもある。
自分だけではどうしようもない何かがそこにはある。

また別方向では、自己顕示欲や虚栄心から来るそれぞれの行動と言動に嫌気がさし、我慢しきれず爆発して人を殴り殺そうとしたり、正論を振りかざして言葉で威圧したり、勝手に自己顕示欲、虚栄心を満たすための踏み台とされることへの苛立ちとそれによって蓄積される怒りが沸点を超える様が描かれていた。

自己顕示欲、虚栄心は、自分で処理欲しいと切に願いたい。
いちいち人と比較しては、優越感に浸って、自分の正しさを押しつけて人を罵り煽るのは、その相手となる人にとっては、迷惑でしかない。誰も気分がよくならない。
人はいつからそうなってしまうんだろうか。

その最たる例が、職業訓練校の教官だった。
学校の外には教官が知らないような人がたくさんいるんだ…という言葉、これが刺さらない。
言ってくれる人がいることを自己顕示欲のために素直に受け入れられない。
あの歳になって、自分の価値観と物差しでしか判断できずに、それを守るために、他者を平気で罵り煽る様は、痛々しくてきつかった。

複数で雑多に飛び回る鳥→一羽で一方向に向かって飛んで行く鳥→複数で一方向に向かって飛んで行く鳥…雑多な人間関係の状態→ぶつかって(衝突して)孤独になる→それを乗り越えることで複数がそれぞれの道を真っ直ぐ進み、時に本当の意味での繋がりが生まれる。
飛ぶ鳥でその瞬間の彼らを映し出す演出がまた素晴らしい。

そして今作のオダギリジョーの演技は、今まで観た全ての演技の中でベスト。

P.S.
自分が今作にここまでハマるのは、白岩がどこか自分と重なる部分があるのも一つの理由としてある。
踏み込んでくれなければ必要以上に自分を出さずに、相手に合わせようとする。
それが必要だと感じていないから。
でもそれじゃダメなのかなとも思わされる。
岡田拓朗

岡田拓朗