映画漬廃人伊波興一

オーバー・フェンスの映画漬廃人伊波興一のレビュー・感想・評価

オーバー・フェンス(2016年製作の映画)
3.3
今日から変わるかもしれない。だから鳥は舞うのを止めない。
山下敦弘「オーバーフェンス」

「大芸ヌーヴェルヴァーグ」というムーブメントが存在するらしいです。

聞くところによれば、俳優の津田寛治さんが2000年代の中頃に雑誌「TVブロス」の連載でパブリックに発言し、衆目の知るところとなったそうです。

かつて1990年代にも、一年で50人もの有名無名「新人監督」たちが登場した日本映画史上、前代未聞の出来事がありました。
さすがに台湾勢の侯孝賢や朱天文、楊徳昌、蔡明亮といった世界を牽引するような風格までは感じられませんでしたが、それでも阪本順治、北野武、松岡錠司、塩田明彦、周防正行、竹中直人などの(新人監督)たちの登場は私たち日本映画ファンにとって、どれだけ頼もしく感じたことか。

ほとんどが素人っぽい作品の大量生産であってもやはりムーブメントは映画界の興盛には(無いよりはあった方がいい)ものです。

そして大芸ヌーヴェルヴァーグですが、文字通り大阪芸大出身の映画作家らによるもの。

一部のコアなファンや批評家らの推奨により、いささか大袈裟な名声を獲得している作家も中には混じっていますが、粒は確実に存在します。

佐藤泰志原作の『海炭市叙景』も『そこのみにて光り輝く』も熊切和嘉、呉美保も大芸出身者によるもの。
骨太な素材。

その(函館三部作)のひとつ山下敦弘の『オーバー・フェンス』は面白いか?

面白いとひとまずは言っておきます。

派手さには欠けますが、主人公の男が浅野忠信、女が宮崎あおい、シナリオが荒井晴彦、撮影が田村正毅であればもっと良かったのにと、思わせないくらいオダギリジョーや蒼井優、高田亮が頑張っているからです。

中でも(今日から自分が変わるかもしれない)と白鳥ダンスをする蒼井優はいいですね。別の主演作・李相日の『フラガール』のダンスより遥かに象徴的な余韻があります。

羽毛の中で舞い、動物園のロバやアヒルやワシを檻から解放したり、映画タイトル(オーバーフェンス=柵を越えろ)に即した奇特な振る舞いは率直過ぎて、いささか恥ずかしいですが『もらとりあむタマ子』のあっちゃん同様、笑うしかありません。

節目でインサートされる大翼広げる一羽のカモメもオダギリジョーが大きく打ったソフトボールも主人公が置かれた環境が閉塞的な職業訓練所という設定だから却って生きてくるんでしょうね。

オダギリジョーの劇中セリフ
(せいぜい今のうちに笑ってた方がいいよ、そのうち面白くなくなるから)
おそらくはかつての自分も言われていたし、今の自分が呟きそうで面映ゆい限りです。