かなり悪いオヤジ

この世界の片隅にのかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

この世界の片隅に(2016年製作の映画)
3.0
少女時代を広島で過ごしたすず(のん)が、右も左もわからないまま19歳で呉に嫁いで終戦を迎えるまでを描いた長編アニメーション。

絵が得意で空想好きなすずは天然ボケをかます愛されキャラ。困窮する生活を逆手にとったような心なごむエピソードが連続テレビ小説のように続いていくため、戦時中であることを忘れてしまいそうになる。

しかし、軍港を懐に抱える呉市が連日にわたる米軍の空襲で瓦礫の山と化し、絵を描いたり日常の家事をこなすために必要だった大切な右手をすずが失うと、映画のムードは一気に暗転していく。

焼夷弾破裂によりすずの右手に引かれながら生命を落とした姪の晴美、実家の軒下で行き倒れ親にも気づかれなかった被曝兵、そして、すでに死んでいる母親にたかるハエを必死に追い払おうとするシラミ少女。

今までの平和なエピソードがまるですずの空想世界のように感じられるくらいそれらの描写は生々しく、原作者こうの史代や監督片渕須直がかなり詳細な取材を行ったことが伝わってくる。

海軍の法務に従事していた夫周作と座敷わらしこと遊女りんとの関係が伏せられ、玉音放送後かかげられた太極旗を見てつぶやくすずの台詞などに原作マンガとは異なる修正が加えられ、“怒り”に転化しそうな映画の中立性をギリギリ保っている。

“ゆがんだ正義”とは、もしかしたら日本の現政権や軍拡にひた走るどこぞの国のことを指しているのかもしれないが、むしろそんな物騒きわまりない世界の片隅で、戦争を生き抜いた何者でもない女性の日常生活がスポットライトを浴びる奇跡を、素直に祝福したくなる1本だ。

名言集
「すぐ目の前にやってくるかと思うた戦争じゃけど、今はどこでどうしとるんじゃろ」(by すず)

「『すずさんが生きていてよかった』『この程度の怪我で済んでよかった』
よかった、よかったって、どこがどう良かったんか うちにはさっぱり判らん」
(by すず)

「暴力で従えとったいうことか」
「じゃけえ暴力に屈するという事かね」(原作)
        ↓
「海の向こうから来たお米…大豆…そんなもんで出来とるんじゃろうなあ、うちは。じぇけえ暴力にも屈せんとならんのかね」
             (by すず)

「過ぎた事、選ばんかった道、みな、覚めた夢と変わりゃせんな。すずさん、あんたを選んだんは、多分、わしにとって最善の選択じゃ。」(by 周作)
「ありがとう周作さん。この世界の片隅にうちを見つけてくれて」(by すず)