私は、確かに、生きた...
母に捨てられた3人の女性の人生が交差する銭湯
だからこそだろうか、血が繋がっていない子供も等しく我が子同様に愛す
いじめから逃げるな!と強く娘に言う
逃げたら二度と学校に行けなくなると
ここにこの女性の生き様、存在意義が表れていると思った
恵まれない境遇に心折れて、逃げることはできるが、再び立ち上がり闘うことは難しくなる
いつしか、現況を育った境遇のせいにしてしまう日がやってくる
そんな腐った時間を過ごすのには反吐が出ると、この母は言うだろう
アドラー心理学では、トラウマは無いと言う
過去の事象に現在が影響を受けるのは、自分がそのように意味付けしているからだと
過去の事象の解釈は自分次第なので、現在にも影響を及ばさせるかどうかは自分で決められるのだと
ここ母の言動からそれを思い出した
これからの人生に勇気をもらえる良作であった
以下蛇足
少女がいじめに立ち向かう
母に捨てられた幼女が、涙ながらにこの家に住まわせてほしいと訴えるなどなど
泣かずに観られないシーンが満載
オダジョーと宮沢りえのような美男美女が、田舎の銭湯を営業しているのは不自然に感じたが、終盤は、どこか頼りない抜けた感じのオダジョーの役回りと、いつもキリッとして自分の人生を生きる宮沢りえの役回りが、この作品には必要だと思えた
杉咲花のまん丸なまっすぐ見つめる瞳の目力に、この年齢でしか演じられない瑞々しさがあふれており、キャスティングの妙を感じた
あと駿河太郎が名バイプレイヤーとして、自分の中でグングン来ている、
今作のような関西弁で人の良さそうな役はハマっていると思う
40歳過ぎたせいか、何気ない日常が非日常に見え、懸命に生きる庶民の姿が、自分を投影しているようで、どんなエンタメ映画よりも心揺さぶられる、感涙であった‼️